フィギュアスケートシーズン開幕に思う、羽生結弦と宇野昌磨のチャレンジ精神
――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる"アイドル"を考察する。超刺激的カルチャー論。
「フィギュアスケートLife vol.7」(扶桑社ムック)
フィギュアスケートの本格的なシーズンが始まりました。10月21日からのスケートアメリカ、その翌週のスケートカナダ、このふたつの大会を、私はラッキーにも自宅で見ることができました。癌の治療中でもありますので、「病室で見ることになるかも」と覚悟はしていたのですが、やはり病室の小さなテレビで見るのは味気ないもの。このところ体調も悪くなく、非常に楽しいテレビタイムになりました。
どちらの大会もそれぞれ、手に汗握ったり、さまざまなことに思いをめぐらせたり、思わずテレビに向かって拍手したり…。とはいえ、見た選手全員のことを語ろうと思ったら分量的にとんでもないことになりそうですので、今回は、スケートアメリカの宇野昌磨、スケートカナダの羽生結弦のことを中心に書きたいと思います。ほかの選手のことは来年3月の世界選手権までに書くチャンスは何度も訪れるはずですので、もしこの連載を期待して読んでくださっている方がいらっしゃるなら、なにとぞご容赦を…。
●宇野昌磨
以前、今年の3月の世界選手権を取り上げたとき、私は「宇野昌磨のミュージカリティの高さに感じ入った」と書きました。盛り上がりどころがつかみづらい曲を使っても、観客をきっちり引きずり込む力。今回のフリーでも、その能力を再確認しました。というか、さらにレベルアップした感じです。
使用したのはピアソラのタンゴ。「ブエノスアイレス午前零時」と、ミルバのボーカルによる「ロコへのバラード」をつなげたもの。ピアソラとフィギュアスケートといえば、「リベルタンゴ」を使った1997年のグリシュク&プラトフのオリジナルダンス(ヨーロッパ選手権での演技が至高!)、「アディオス・ノニーノ」を使った1998年長野の陳露のショートプログラム、2008年世界選手権のジェフリー・バトルのショートプログラムが、私の中ではベスト・オブ・ベストという感じ。そうそう、ピアソラのナンバーをつなげた、1990年世界選手権のウソワ&ズーリンのフリーダンスも忘れるわけにはいきません。
「ブエノスアイレス午前零時」や「ロコへのバラード」は、「リベルタンゴ」や「アディオス・ノニーノ」以上に「踊り」に主眼を置いていない曲です。語弊を恐れずに言えば、ホールやジャズクラブなどで聴くためのタンゴであって、踊るためのタンゴではない。その曲をバックに、10代の選手が、あれだけの世界観を身体で表現していくのですから驚くばかり。曲のいちばんの「踊りどころ」でステップシークエンスに入るのですが、上体の動きの精緻さと、音符ひとつひとつにエッジワークをからめていく見事さには、思わずため息がもれてしまいました。
ジャンプは、4回転のフリップがクローズアップされるのは当然ではありますが、私は、2回入れた4回転のトゥループを、それぞれステップから直ちに跳んでいたことに、より大きな拍手を送りたい。特に2つめのジャンプは、一度グッとバックアウトのエッジに乗って(ルッツジャンプのエントランスかと思ったほどです)、そこから滑らかなターンを入れ、跳んでいました。素晴らしい!
トリプルアクセルからトリプルフリップまでをつなげるシークエンスが決まっていたら、200点は軽々超えていたでしょう。「完成形」を見るのが本当に楽しみです。
あと…、これは私の勝手な推測ですが、宇野昌磨は、「平昌オリンピックに4回転ループを入れたプログラムをもってくる」のを目標にしているのかもしれないなあ、と。ほとんど「ステップの延長」くらいの軽さで跳んだトリプルループが、明らかに回りすぎていましたから。「練習ではもう、確認のために跳ぶトリプルループより、トライのために跳ぶクアドルプルループの数のほうが多いのでは」と思ってしまったんですよね。なんにせよ、ケガだけには気をつけてほしいと切に願っています。
●羽生結弦
いやー、プリンスの「Let’s Go Crazy」を競技会で滑る選手が出てくるなんて。ボーカル入りの曲の使用がアイスダンス以外でも認められるようになったおかげですが、80年代の洋楽を今でもけっこう聴いている私にとっては、燃えますわね。この曲が収録されているアルバム『Purple Rain』では、「I Would Die 4 U」がいちばん好きなのですが、誰かエキシビションで滑ってくれないかしら。
ショートプログラムは、ジャンプがハマったら冒頭から最後までガッツリと観客を引き込むプログラムになっているのは確認できましたので、宇野昌磨に対する感想と同じく、「完成型」を見るのが本当に楽しみです。
フリーは、なんと言いますか、「特にジャンプに関して、新しいチャレンジを詰め込んでいるなあ」という驚きがありました。箇条書きで挙げてみたいと思います。
◆今年3月の世界選手権が最初のチャレンジでしたが、4回転サルコウを2回に増やし、そのうちのひとつはトリプルトゥループとのコンビネーションで入れることに、本格的に取り組んでいる。
◆本来、4回転ジャンプの中では羽生結弦がいちばん確実に跳べるはずのトゥループを1回にしている(昨年のフリーは2回実施)。
◆トリプルアクセル~ダブルトゥのコンビネーションで、ダブルトゥのアームポジションを着氷後もキープしている。
◆「コネクティングステップから」というよりは、ほとんど「ステップシークエンスの終了と同時に」くらいの密度の中で、トリプルフリップを跳んでいる。
◆レイバックイナバウアーからの流れで、トリプルルッツを跳んでいる。
これも私の勝手な推測ですが、体が万全の状態に戻ったら(平昌オリンピックには当然そのつもりで照準を合わせてくるでしょう)、フリーでは4回転を5回入れるつもりではないのかな、と。ループ1回、サルコウとトゥループを2回ずつ。「今シーズンは、その目標のために、4回転のサルコウのコンビネーションを体に覚えさせる時期でもあるのかしら」と。
もちろん、本人のチョイスがどういったものであろうと、そこに異を唱えるつもりはありません。平昌オリンピックのフリーで、「4回転が4つ」だったとしても、不満を持つなんてことはありえない。現時点でも、とんでもない難易度に挑戦しているわけですから。ただ、これも以前書いたことではありますが、宇野昌磨にしろ羽生結弦にしろ、「自分を追い込む・追い詰める」傾向が非常に強い選手であると思います。「その傾向がいい方向に転がってほしい」と、一観客としてただただ願うばかりです。
ジャンプ以外にも、羽生の「チャレンジ」はそこかしこに見て取れる。エッジワークの一歩一歩がさらに距離が出ているし、ショートプログラムでのトリプルアクセルのエントランスのステップは、昨年とはまったく違うものになっているし(昨年はイナバウアーからでしたが、今年はステップを踏んでいる距離も時間もさらに長くなっている)、フリーのハイドロブレーディングも、今シーズンはターンからの流れで入れている。そういったブラッシュアップを見ることができたのは、今大会の大きな喜びでした。
フィギュアスケートの選手に限らず、すべてのアスリートに言えることですが、難しい技にはどうしてもケガがついて回ってしまいます。来年の世界選手権も、再来年の平昌オリンピックも、すべてのスケーターが万全の体調で迎えられますように。
高山真(たかやままこと)
男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』(小学館)で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という題名で書籍化。人気コラムニスト、ジェーン・スー氏の「知的ゲイは悩める女の共有財産」との絶賛どおり、恋や人生に悩む多くの女性から熱烈な支持を集める。月刊文芸誌『小説すばる』(集英社)でも連載中。