【磯部涼/川崎】川崎の不良が歌うストリートの世界

日本有数の工業都市・川崎はさまざまな顔を持っている。ギラつく繁華街、多文化コミュニティ、ラップ・シーン――。俊鋭の音楽ライター・磯部涼が、その地の知られざる風景をレポートし、ひいては現代ニッポンのダークサイドとその中の光を描出するルポルタージュ。

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今年4月の出所後、川崎市元住吉のダイニングバー〈Powers2〉で、久しぶりのライヴを披露したラッパーのA-THUG。
隣にいるのはDJ TY-KOH。

 彼が登場したのは、午前0時を少し過ぎた頃だった。その日のパーティが行われていたのは、川崎市の閑静な住宅街にあるバーで、そこにまだ夜が浅いうちから続々と、首までタトゥーが入った男たちや、着飾った女たちが集まってくる。客人がドアを開けると、出迎えるのは、DJがかけるラップ・ミュージックと、壁に吊るされたスウェット・シャツの“Welcome to SOUTHSIDE KAWASAKI”というフレーズ。店内はあっという間にいっぱいになり、テキーラ・グラスが次々と掲げられ、やがて、シャンパンのボトルが回り始める。そして、その熱気に押されるように、主役はステージに上がった。「King of KAWASAKI, A-THUG is baaaaack!」。DJに煽られ、彼が叫ぶ。「シャバに出てきたぜ!」。マイクの音をかき消すほどの歓声が上がる。ビートが鳴り始める。

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DJが流すラップ・ミュージックに合わせて、会場のフロアで踊る女性たち。

 SOUTHSIDE KAWASAKI
 伊勢町 川中島 藤崎が始まり
 SCARS in da building から building
 hustle 止まらない cycle
 街中 ダッシュで走る
 生き急ぐ ハイペースがマイペース
        ――SCARS「My block」より

 フロアでは合唱が起こっていた。同曲は、その場にいる人々にとっては間違いなくアンセムだった。そこでは彼らの住む街が描かれ、そこからは彼らの持つリアリティが浮かび上がってくる。6月10日深夜、元住吉のバー〈Powers2〉で開催されていたパーティ「NUESTRO TERRITORIO」の盛り上がりは最高潮に達そうとしていた。川崎を代表するラッパー、A-THUGが刑期を終え、ホームタウンに戻ってきたのだ。

A-THUGにインスパイアされた地元のラッパーやDJたち

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A-THUGの出所を祝いに来た人々。YOUNG HASTLE、DJ SPACE KID(右下)、
K-YO(左上)、LIL MAN(中央)といったラッパーやDJの姿も。

 ある日の午前中、川崎駅に程近い国道15号線をマウンテン・バイクで走っていた、堀之内のスケートボード・ショップ〈ゴールドフィッシュ〉の店長・大富寛は、反対車線の歩道を歩いている男の存在に気づき、ハッとした。それは、投獄されていると聞いていた、彼の幼馴染みだった。「あっちゃん、帰ってきたんだ!」。しかし、大富の記憶の中の、一緒にスケボーをやっていた笑顔が可愛い少年は、すでに地元の若い不良の間ではカリスマとなっていた。不在時も、取材をしているとさまざまな場所でその“A-THUG”という名前を耳にしたものだ。

 例えば、川崎区浜町出身のラッパー、LIL MANは獄中のA-THUGと手紙のやり取りをしていたという。「『お前はこっちサイドに来るな。ちゃんとラップをやれ』って書いてありました。ストリートで生きていこうと思ってたけど、それで、もう1回、音楽をやってみようと思ったんですよね」。LIL MANがクロースオーヴァー・モデルのベンツを運転しながらそう話してくれたとき、A-THUGの楽曲を流していた彼のiPhoneに着信があった。「“FREE A-THUG”(A-THUGを釈放しろ)って歌ってる曲のヴィデオを撮るから、エキストラで来てよ」。野太い声が車内に響く。

 声の主、TY-KOHは川崎市中原区出身で、現在の日本のラップ・シーンを代表するDJと言っても過言ではない知名度を持っており、A-THUG、そして、彼のグループであるSCARSのミックスCDも手がけている。「もともと、オレはアメリカのラップに夢中で、日本のラップにはまったく興味がなかったんですよ。でも、SCARSのアルバムを聴いたときに、『日本にもこんなにヤバいものがあるんだ!?』って衝撃を受けて。『しかも、川崎なんだ!?』っていう。人生を変えられましたね」

 川崎の次世代を担うラップ・グループ、BAD HOPもSCARSに影響を受けたと語る。A-THUGの出身中学校の後輩にあたるT-PABLOWは、彼と初めて遭遇した際のエピソードを以下のように振り返った。「中2のとき、夜中、外に出たら、いくら川崎でもこんなに見たことないっていうぐらい警察がいて。慌てて駐車場に隠れたら、暗闇から手招きされた。『おい、警察すごかったか?』『はい、すごかったです』『あれ、オレを追ってるんだよ。お前は大丈夫だから注意を引いとけ』『わかりました』――そんな会話をしたのが、今思うとA-THUGさんだったんですよ」

ムショに何度も入ったハスラーが表現する音楽

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A-THUGは川崎区川中島出身。

「ようやく、自由になりました」。A-THUGはサングリアが注がれたグラスを呷り、微笑んだ。「仮釈放の期間が50日あったんです。で、身元引受人になってくれる知り合いもいたけど、頼りたくなかったし、家族もいないから、更生保護施設に入って。今はその期間も終わったのに、何かまだケツが重い。電話1本で指示すれば生きていけるものの、それに甘えてちゃダメですね。音楽を作っていかないと」。ここは、川崎駅前の鳥料理専門店。彼と同じ酒を頼んだが、その味は甘くて、しかし、ほろ苦かった。

 A-THUGは、80年、川崎大師に程近い川中島で生まれている。「親父はサラリーマン。おふくろは保険のセールス・ウーマン。その後、病院の受付になったのかな。普通の家庭でしたよ。産んでくれてありがとうって思ってる。今はバラバラですけど」。そんな普通の子どもが、世間から見れば道を踏み外した――彼からすればほかでもない自分の道を見つけたのは10歳のときだ。「不良になったつもりは1回もなくて。ただ、今につながってると思うのは、小5で、お兄ちゃんが持ってたスケボーに乗りだしたこと。それまでは、サッカーや野球をやってたけど、興味がなくなって。友達も年上になって。寝るとき以外は家にいないような感じになっていった」。家を飛び出した彼をまず受け入れたのが、90年代の川崎スケート・シーンの最重要クルー〈344〉である。「あの頃、ストリートを知りましたね。みんな、昼間は学校に行ってたり、仕事をしてたり。でも、スケートをしてるときが本当の姿なんだなって」

 やがて、A-THUGはスケート・ボードに続いて、ブレイクダンスに夢中になる。「〈ナチュラル・ハーブ〉っていうチームに入ってたんですけど、先輩に『ヒップホップのルーツはニューヨークだから』って言われて。で、中学を卒業した後は職人をやってたんで、金を貯めて、16のときに初めてあっちに行ったんです」。当時、ニューヨーク市は行政が治安の本格的な改善に乗り出したばかりで、まだまだ荒廃していた。「ジャパニーズでドレッドロックだから珍しがられて、からかわれましたね。『ガンジャ吸うのか?』って聞かれたんで、『もちろん、吸うよ』ってジョイント(紙巻)を出したら、『なんだこの細いのは!?』って笑われたり。それで、『いいか、オレたちはこうやってやるんだ』って人の家の階段に陣取ったと思ったら、ダッチマスター(葉巻)をベロベロなめて紙をはがし、タバコの葉っぱを捨てて10ドル分のネタを全部入れて、みんなで回しだして。『オレたちがこそこそやってるカルチャーがこっちでは普通なんだ!』って衝撃を受けました」

 しかし、彼は渡米がきっかけでダンスから離れていったのだった。「その頃、ニューヨークではもうダンサーは少なくて、ヒップホップがまたギャングのカルチャーになってた。ノトーリアス(B.I.G.)とかがラジオでかかりまくってたり。それで、自分も日本に帰ったら、ドレッドをばっさり切って、ダンスをやめちゃう。ヒップホップの意味をもっと追求したくなったんです。ただ、日本のラップには興味がなかった。当時、まだダウンタウンにハスラーがいて、ラッパーもそういうことを歌ってて。でも、日本は違かったでしょう。いや、日本も繁華街に行けば売人はいたけど、ラップのシーンとはかけ離れてた。だから、リアルじゃないなって。とりあえず、オレがニューヨークから帰ってきた後、川崎ではみんな、ジョイントじゃなくてブラント(葉巻)で吸いだしましたね」

 一方、ニューヨークから最新のストリート・カルチャーを輸入しつつも、彼はかの地と地元に共通のものを見出していた。「どの都市でも南側がヤバい。ブロンクスもクイーンズもそうだし、最近通ってるところだったらシカゴもそう。川崎も下に行けば行くほど……中学生でポン中とか、いっぱいいますよ。自殺したヤツもいるし、殺されたヤツもいるし」。そして、彼は日本でハスリング(薬物売買)を始める。もともとは、“SCARS”もそのチームの名前だったという。「プエルトリカンの友達に、『スカーフェイス』を観せられて、あの世界観を叩き込まれて。じゃあ、川崎でも『イラン人から買ってるんだったら、オレがプッシュするぜ』みたいな。22のときにはもう1000万以上持ってました」

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ダイニングバーの壁には、こんなフレーズが書かれたスウェットも吊るされていた。

 以降、彼はアメリカと日本を、ムショとシャバを行き来しながら生きてきた。「初めて捕まったのは23歳かな。人の罪をかぶって入った。バンかけられて(職務質問をされて)、一緒にいた友達を逃がして。パトカーをクラッシュさせたこともあるし、ニューヨークで捕まったこともある」。やがて、SCARSは、それまで日本のラップ・ミュージックが描いてこなかったアウトローの世界を歌うことで、音楽的にも評価を得ていったが、A-THUGのライフスタイルによってその活動は不安定にならざるを得なかった。「あるとき、好きな女の子ができたんで、ハスリングとかやめて、ジャマイカに一緒に渡り、海辺でガンジャだけ吸いながら生きていこうって、『カリートの道』のエンディングみたいな夢を見たこともあったんですけどね。長続きしなかった」

 そして、彼は今も川崎にいる。「地元はいいですね。でも、本当は抜け出したほうがいいのかな。当局に目をつけられてるかもしれないし、スニッチ(密告者)もいるかもしれないし。その前に、またパクられるかもしれないし、死ぬかもしれないけど。もし、オレが死んだら、音楽を聴いてほしい。そこには、オレの世界が表現されてるから」。酔いが回ったせいか、場はセンチメンタルな雰囲気になっていった。「……ハスリングとかラップとかどうでもいいから、オレは愛が欲しいよ!」。彼は冗談めかして笑う。A-THUGの歌が人々を惹きつけるのは、孤独さと人懐っこさが同時に表現されているからだろう。それは、川崎のブルースだ。(つづく)

※文中に登場する「NUESTRO TERRITORIO」は、blackが偶数月に主催しているレギュラー・パーティ。

(写真/細倉真弓)

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【第七回】

磯部涼(いそべ・りょう)
1978年生まれ。音楽ライター。主にマイナー音楽や、それらと社会とのかかわりについて執筆。著書に『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)、 編著に『踊ってはいけない国、日本』(河出書房新社)、『新しい音楽とことば』(スペースシャワーネットワーク)などがある。

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