セックスの始まりと終わり:後編【性愛求道者・隔たり連載】
セックスコラムニスト・隔たり連載「セックスの始まりと終わり:後編」 ※『セックスの始まりと終わり:前編』 目を開けると、締め切ってないカーテンの隙間から日の光が部屋に差し込んでいるのが見えた。 その光は部屋の壁をつたい、僕の寝ているベッドへと伸びていた。ベッドの上を通過している光の道筋に触れると、温かさを感じる。この温かさは日の光のものか、それとも横に寝ていたランの温もりか、どちらなのだろう。 横にランがいない。 昨日の夜、このベッドでランとセックスをした。そして、そのまま一緒にベッドで寝たはずなのに、起きると彼女はいなかった。 ここはどこだっけ、と寝起きの頭を働かせて、そういえばランの家だよな、と思い出す。いったいランはどこに行ってしまったのだろうか。 布団から出て、ベッドを降りる。ベッドの下には服が散乱していた。僕は自分の下着だけを拾って履く。そこにはランの服もバラバラに散らばっていた。 お手洗いに行こうと廊下に続いているリビングの扉を開けた。すると、洗面所の方から、かすかに音が聞こえた。何の音だろう。僕は尿意を忘れ洗面所の扉を開く。シャワーの音が耳に飛び込んできた。 「ラン」 寝起きの僕の声はシャワーの音に簡単に埋もれた。 「ラン!」 少し大きめの声で呼ぶとシャワーの音が止まった。 「あ! 起きた?」 透明のザラザラとした浴室の扉から、ランの体のラインがうっすらと見えた。僕は昨日、この体を抱いた。それを思い出して股間が少しうずく。 「起きたよ。おはよう。ランがいないからびっくりした」 「あ、ごめん。昨日、お風呂入ってなかったなと思って」 ランの声が浴室に反響する。エコーのかかったような優しい声と、ランがいることに安堵した。 「そしたら…オレも入っていいかな?」 「もうすぐ出るから、いいよー!」 一緒にお風呂に入ってイチャイチャしたいという欲望は、ランの純粋な声によって儚く消えた。まあ、仕方のないことだ。 ランに「タオルを取ってほしい」と言われ、浴室の隣にある洗濯機の上に置かれたタオルを取り、扉を開けて隙間から渡した。ランは簡単に体を拭くと、温泉リポーターのように胸からアソコが隠れるようにタオルを巻き、浴室から出てきた。 「おはよう」 肌が白いランは、濡れた髪がセクシーで体がものすごく綺麗だ。 ランと入れ替わるようにして浴室に入る。シャワーを出し、体を流す。ボディソープを手に取り、しっかりとモノを洗った。 部屋に戻ると、ランはもうすでに部屋着に着替えていた。ベッドに腰掛け、ドライヤーで髪を乾かしている。床に散乱していた服も綺麗にたたまれていた。僕はランの横に座り、髪が乾き終わるのを待った。 ランは髪を乾かし終わると、「ご飯食べる?」と僕に聞いてきた。 「朝ごはんは食べないんだ」 「そうなんだ」 「…っていっても、もう昼くらいだけどね」 部屋の壁に掛けられた時計を見ると、短針が「11」、長針が「6」を指していた。 「ほんとだ。もうこんな時間!」 「ランは食べる?」 「うん。パンでも食べようかな」 そう言ってベッドから立ち上がろうとしたランの手を、僕は反射的に握った。 「ん、どうしたの?」 「いや…なんか…」 ランは再びベッドに腰を下ろした。そして手を握り返してくれた。 「まだ、こうしたいなって思って」 そう言った僕を見て、なんか可愛い、とランは微笑んだ。 「そういえば…ランは今日、予定ある?」 「夕方から友達と遊ぶかな」 「そっか。何時くらいに出る?」 「えーっと、14時半くらいかな」 14時半。ランがこの家を出るまで、あと3時間もある。いや、3時間しか、ない。 「隔たりは? 予定ある?」 僕はニートだから、これといった予定はない。今日もランの家に泊まってセックスしたいという淡い期待はあったが、ランに予定があるのなら、ここは素直に帰るべきだろう。 「オレもそんな感じだから…ランが出るときに一緒に出るよ」 「うん、わかった。じゃあ、それまでどうする? ご飯食べる?」 「あ、いや…」 ランが家を出るまで、あと3時間。 「あ、ごめんごめん。起きてすぐはご飯食べないんだっけ」 一回くらいなら、セックスができるかもしれない。 「…食べたい」 「ん? 食べる?」 「ランを、食べたい」 もう一度セックスをしたい。僕はそんな希望を込めて、横にいるランの唇にキスをした。ランの口からは、ほのかにミント味の歯磨き粉の香りがした。 「私を食べたい?」 唇を離すと、ランは困ったように笑った。 「そう、食べたい」 「それってどういう意味?」 ランは照れながら笑っている。その表情を見るに、「食べる」がそういう意味を指すか、わかっているのだろう。 「ランともう一回、セックスしたいって意味だよ」 今度は誤魔化すのではなく、ストレートに告げた。 「でも…友達とご飯あるし」 「まだ3時間あるよ」 「そうだけど…」 僕は繋いでいた手を離して、ランを抱きしめた。 「お願い、しよう」 「…」 「お願い」