卒業ビジネスの後は一体どうするの?――いつか【たかみな】の卒業を思い出してきっと泣いてしまう
「僕、3月末でここを卒業するんです」
2月のある日曜日、私が通っている整骨院の担当整体師は、爽やかな笑顔でそう言った。
AKB48をはじめとするアイドルたちが、グループを抜けることを「卒業」と言うようになった昨今、もはや商店街の古びたビルにある整骨院の兄ちゃんまでもが、自身の進退を「卒業」などと謳うようになった。下手をすると退職届を「卒論」などと言い出しかねない勢いである。
まあ確かに、「脱退」「辞める」というとネガティブなイメージだが、「卒業」というと「新しい一歩を踏み出す」といったポジディブな感じがするし、言いやすい。ただ、この整体師の場合は明らかに「やってらんねーよ」とか「人間関係が……」といったネガティブなものであると容易に想像ができるため、素直に「辞めます」と言って欲しかった。「夜の整骨院に忍び込んで、窓ガラスを壊して回ります」ぐらいの、同じ“卒業”でも尾崎豊的な意気込みも込みで。
そんな、周囲の目を欺く“卒業マジック”の恩恵を一番受けたのが、元AKB48・高橋みなみだ。1年後の卒業を発表してからというもの、そこに向けて始まった盛大なカウントダウン。本来は“スタート”であるはずの卒業は、たかみなによって「卒業はゴールであり、ピークである」という新しい価値観に生まれ変わった。
これだけ盛り上がっていると「卒業したらどうするの?」という質問は、なんだか不粋であるように思えてくるから不思議だ。
だが高校時代、卒業ギリギリまで進路を決めかねていたため、卒業時に配られるクラス名簿の進路の欄に「家事手伝い」と書かれてしまった経験がある私としては、非常に心配でもある。たかみなには、そんな思いをして欲しくない。
老婆心ながら、素人目線でアドバイスをさせてもらえば、まずバラエティ番組全般は向いているだろう。MCだっていける。また、メンバーにドッキリを仕掛ける際の演技力を見ている限り、女優でもいけそうな気がする。
だだ、本人はどうも「歌」をやりたいようである。これには少々面食らった。上手いんだっけ? 歌。
AKBで歌っていたと言っても、ざっくり言えば異論はあるだろうがコーラスみたいなものだ。ひとりで出演していた音楽番組『新堂本兄弟』(フジテレビ)でさえ、担当はコーラスだった。
調べたところ、13年に「Jane Doe」という曲でソロデビューしているようなのだが、ロッキード事件よろしく記憶にない。
目をつぶってこれまでの彼女の活躍を思い返してみても「後輩を叱咤激励するたかみな」「ワイプのなかでリアクションを取るたかみな」「ぱるるの専売特許だった困り顔をさりげなく取り入れはじめたたかみな」と、たかみなが歌っている画がまったく浮かんでこない。
それこそ、たかみなが歌っていようものなら「やあ、たかみな歌ってらあ」と「何かいいことあったのかな」ぐらいの珍しいこととして受けとめてしまう。それぐらい違和感があるということだ。
また、たかみのような真面目で元気印の女の子が、変にアーティスづいてアルバムなんかも出しちゃって、その勢いで音楽番組のMCを始めでもしたら目も当てられないことになる。
ゲストに来たことがきっかけで、新進気鋭の人気バンドのボーカルと恋仲になるものの、実はボーカルは既婚者でした、みたいな、どこかで聞いたようなラブストーリーが展開する予感がプンプンする。
だって10年彼氏いないって言ってたし。卒業後は恋愛解禁だって言ってたし。
やりたいことと向いていることが違うというのは、大人からの冷めた意見だ。とはいえ、今年で40歳という不惑をむかえる私ですら、いまだに右往左往し、明日が見えていないのである。20代の小娘が迷走するのも無理はない。
彼女のスローガンである「努力は必ず報われる」は、諸刃の剣だ。ネガティブな方向に働けば、とんでもない事態を引き起こす。
「不倫じゃない」「私以外私じゃない」などと、いつ言い出すかわからない。
そうならないためにも「たかみなは、バラエティに向いている」と、私、西国分寺哀は、これからも連載をもって証明します。
西国分寺哀(にしこくぶんじ・あい)
今年で40歳になるが、以前、このプロフィールで“アラサー男子”と詐称してしまったことをお詫び申し上げます。でも降板はしません。