悲劇の少女か、堂々たる嘘つきか? 獄中インタビューで暴露合戦をする、母親殺害事件の娘と恋人

――犯罪大国アメリカにおいて、罪の内実を詳らかにする「トゥルー・クライム(実録犯罪物)」は人気コンテンツのひとつ。犯罪者の顔も声もばんばんメディアに登場し、裁判の一部始終すら報道され、人々はそれらをどう思ったか、井戸端会議で口端に上らせる。いったい何がそこまで関心を集めているのか? アメリカ在住のTVディレクターが、凄惨すぎる事件からおマヌケ事件まで、アメリカの茶の間を賑わせたトゥルー・クライムの中身から、彼の国のもうひとつの顔を案内する。

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ジェニファー&ポールの幸せだった頃。

 テキサス州ヒルトップ刑務所内に設置された、無数の照明とテレビカメラ。その前で笑みを浮かべながらパイプ椅子に座る、ブラウンヘアーの少女。テレビ番組のリポーターがインタビューを開始すると、少女は静かに語り出す。

「母親の血しぶきが私の膝にかかりました。そして部屋中が血の海となり、私はただただその光景を見ていました」

 煌々と光る照明を浴びながら衝撃の事実を語るこの少女は、もちろんセレブやアイドルではない。現在、母親を殺害した罪で刑務所に収監されている本物の囚人だ。

 犯罪大国アメリカでは、犯罪者の犯した罪の実情にスリルを感じ、興味を持つ者が多いことから、こうしたトゥルー・クライム(実録犯罪物)を扱ったエンターテインメントが1ジャンルとして不動の地位を確立している。テレビをつければ被害者の遺族や、時に加害者までが事件の詳細を語り視聴率を上げているのだ。

 冒頭で紹介した少女もまた、テレビ番組が企画した獄中インタビューに答える加害者の一人。かつてアメリカを大きく揺るがした母親殺害事件の真相が、赤裸々に語られた。

シングルマザーの母と非行少年の弟、初めてのボーイフレンド

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それぞれ獄中インタビューに応えるジェニファーとポール。

 テキサス州ダラス郊外の閑静な住宅街で、ジェニファー・ベイリー(当時17歳)は4歳年下の弟・デイビッドと母親の3人で暮らしていた。地元の高校に通い、医者になることを夢見るジェニファーは、社交的な性格でこそなかったものの周囲からの評判も良く、ファンタジー小説を愛読するどこにでもいるティーンエイジャーだった。

 ジェニファーの母親は夫との離婚後、2人の子供たちを女手一つで育てるために夜遅くまで働くシングルマザー。母子家庭でありながら子どもたちが他の子どもたちと同じような生活が送れるよう、2つの仕事を掛け持ちして毎日夜遅くまで働いていた。

 仕事で家を留守にし、ほとんどの時間を子どもたちと過ごすことができない母親には悩みがあった。それは弟デイビッドの非行だ。デイビッドは通っていた中学校でたびたびトラブルを起こし、さらに自傷行為を繰り返していたのだ。“離婚がきっかけでデイビッドは変わってしまった”――そう考えた母親は、自分を責め立てる毎日を過ごした。

 そして、日々エスカレートするデイビッドのトラブルを心配した母親は姉のジェニファーに対してある言いつけをする。それは、四六時中デイビッドに寄り添い、自分の代わりに面倒を見て欲しいということだった。

 この言いつけによって、ジェニファーの生活は一変した。学校が終わると友人たちと遊ぶ暇もなく帰宅し、母親の代わりに家の掃除をし、食事を作り、デイビッドの世話に明け暮れた。やがて彼女は、その生活に不満を持ち始める。掃除や洗濯、食事の準備に少しでも手を抜くと母親はジェニファーに厳しく当たったからだ。ジェニファーは反発を繰り返し、母親との口論は日常化するようになっていった。それでも母親の言いつけは変わらない。学校と家とを往復するだけの毎日の中で、友達と遊ぶ時間もなくなり、勉強もしなくなり、医者になる夢もジェニファーはいつしか忘れていった。

 そんな矢先、彼女はある男子生徒に出会う。それは、同じ学校に通う1歳年下のポール・ヘンソン(当時16歳)だった。ポールは校内では有名な異端者で、悪魔崇拝に夢中になるGOTH少年だった。すらっとしたやせ形で身長は高く、伸びっぱなしの長髪が特徴的で、ハンサムというわけではなかったが、まるでファンタジー小説の登場人物のような独特のオーラで、ジェニファーは恋に落ちた。

 ジェニファーとの交際を開始したポールは、母親が一日中家を留守にすることが多かった彼女の家に入り浸るようになる。2人でエモ(エモーショナル・ハードコア)を聴き、ロールプレイングゲームを楽しみ、ジェニファーにウィッカと呼ばれる魔術の魅力を教えた。初めてのボーイフレンドであったポールの存在は、家庭環境に悩んでいたジェニファーにとってなくてはならないものとなっていった。

母vs娘&GOTH少年、繰り返す口論と家での果てに――

 しかし、ジェニファーの母親は、家に入り浸るポールを良く思わなかった。初めて会った時から激しい嫌悪感を示し、ポールの存在によって変わりゆくジェニファーを心配した母親は、ポールとの接見を禁止した。しかし、彼女は母親の思いに逆らうようにポールと会うことを辞めなかった。そして母娘はポールについて頻繁に口論をするようになり、2人の関係はさらに悪化していった。ポールにとっても、自分を否定するジェニファーの母親は目障りな存在だった。2人はそんな母親から距離を置こうと何度も家出を決行したが、行き場のないティーンエイジャーはすぐに発見され、その度にお互いの家へと引き戻されていた。

 そうした中、母親は自分に反抗し続ける娘との関係を修復したいという思いから、ジェニファーと向き合い、話し合いを設ける。そして自分への不満を一つ一つ聞き、謝罪をした。母親はまた普通の親子に戻れると信じていた。

 しかしそんな矢先、ポールが自宅から失踪したとして父親から通報を受けた警察が、ジェニファーの家へと捜査に訪れる。警察はこの時、家の中からポールの存在を発見することはできなかったが、ジェニファーの部屋からポールの衣類が入ったスーツケースを発見した。ジェニファーは家出してきたポールをかくまっていたのだ。

 この出来事で、母親はジェニファーに対して再び激昂する。そしてポールと距離を置かせるために、しばらく祖母の家か父親の家で過ごすようジェニファーに言いつけ、再び母娘は激しい口論を繰り広げた。 

 一度は埋められるかと思った母との間の亀裂が、より深いものになったジェニファー。そんな彼女に、ポールはある提案を持ちかける。それは、自分たちの関係を邪魔する母親を、殺害することだった。

笑いながらの殺害、そして幼稚な逃亡劇

 2008年9月25日、激しい口論の翌日だった。

 ポールはジェニファーの家で仕事から帰宅する母親を待っていた。深夜、何も知らずに仕事から帰った母親は2階の寝室に入ると悲鳴をあげた。そこにはナイフを持ったポールが待ち伏せしていたからだ。羽交い締めにされナイフを突きつけられた母親は、現場に居合わせたジェニファーに向かって「警察に電話して!」と叫んだ。しかし、ジェニファーは母親の願いを拒み、その場に立ち尽くしたという。そして、ポールは母親の首をナイフで切り裂き、時おり笑みを見せながら26回もナイフで刺し、殺害したのだ。

 ポールとジェニファーは、弟のデイビッドとペットの犬を連れて母親の車を盗みカナダへと国外逃亡を試みた。しかし、この無鉄砲な逃走劇は自宅から約1120km離れたサウスダコタ州で閉店後のガソリンスタンドに停車していたところを警察に見つけられ、逮捕されてあっけなく幕を閉じる。

 2人は逮捕後、仮釈放なしの終身刑に課せられる可能性があったが、司法取引に応じたためそれぞれ懲役60年を言い渡された。
 そして、事件から4年後の2012年、ジェニファーは冒頭のテレビ番組が企画した獄中インタビューに答え、ポールが行った残忍な殺害の手口、そして母親への懺悔を口にした。
  

7年越しの獄中インタビュー映像が巻き起こした波紋

 このインタビューの効果もあってか、「GOTH少年・ポールに操られた悲劇の少女」という印象を与えてきたジェニファーであったが、2015年11月に事態は再び動く。この事件を追った本『Let’s Kill Mom』が出版されたのだ。彼らが犯行に至った経緯を丁寧に描いた『Let’s Kill Mom』は、元新聞記者でノンフィクションライターのドナ・フィルダーによる粘り強い取材によって、家族のあり方や、社会に対して問題を投げかける問題作となった。

 こうした動向を受けて、テレビ番組も再びこの事件のドキュメンタリーを制作。アメリカでは家族や友人が受刑者と面会ができるように、メディアもまたそれと同等の権利を持っているため、受刑者が承諾さえすれば獄中インタビューができる仕組みになっている。刑務所によってはカメラを持ち込むことができない場合もあるが、ジェニファーやポールが収監されている刑務所では、カメラでの撮影が許可されていた。結果、冒頭のジェニファーのインタビューのみならず、新たなドキュメンタリー番組ではポールまでもが獄中インタビューに出演。そこで、「実は、母親殺害計画はジェニファーの提案だった」と衝撃の告白を行ったのだ。ジェニファーはあくまで殺害は全てポールの仕業と証言しているが、『Let’s Kill Mom』の中では、後の捜査によってジェニファーも母親殺害を手伝ったと記述されている。
 
 事件からおよそ7年たった今、獄中で過ごすジェニファーは日々、聖書を読みながら釈放までの日を待っているという。

井川智太(いかわ・ともた)
1980年生まれ。育英工業高等専門学校卒業。印刷会社勤務を経て、テレビ制作会社に転職。アシスタント・ディレクターを経てディレクターとなり、2011年よりニューヨークの日系テレビ局でディレクターとして勤務。また、その傍らフリーのライターとしてウェブを中心に執筆中。

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