「12プレミア」の記事一覧(9 / 15ページ)

EXILE・USAの熱愛報道に事務所も無関心…本当に大物女性芸能人と交際しているのはEXILEのあのメンバー!?

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『NHKテレビ Eダンスアカデミー』

 EXILEのメンバー・USAと、女優でタレントの杉ありさの熱愛を3月1日発売の『FLASH』(光文社)が報じた。ネット上では相変わらず「EXILEの誰だか顔も浮かばない」との声が多く聞こえてくるが、しかし、どうやら今回の報道に対して、白けているのは世間だけではない様子。レコード会社関係者の話。

「いまLDHは、三代目 J Soul Brothersをはじめとした若手たちの新しい仕事が立て込んでいるとかで、事務所内でもUSAのニュースは話題にもなっていないらしい。問い合わせの電話もほとんどないと聞きましたよ(笑)それこそ稼ぎ頭である三代目メンバーの熱愛報道だったら、火消しに躍起になっていたと思いますが」

 さらに”熱愛”に関しては、別のEXILEメンバーにまつわるこんな噂が聞こえてくる。

「無名のタレントとEXILEの一メンバーじゃ世間の関心を煽ることはできないでしょう。そんなことより、EXILEの熱愛を追うならAKIRAを狙うべきです。以前には、長澤まさみとの交際報道もありましたが、ここ1~2年の間で新たな大物女性芸能人と交際しているという噂があって……これが明るみに出れば、USAの熱愛よりは盛り上がるんじゃないですかね(笑)」(前出・レコード会社関係者)

 俳優としての活動も盛んで、女優との共演も多いAKIRAのお相手は一体ダレなのか。EXILEが本当の意味で芸能ニュースを賑わす日も遠くないかもしれない。

妻の妊娠中、ダブル不倫に走った夫は殺された――遺された女たちがテレビカメラの前で相まみえる!

――犯罪大国アメリカにおいて、罪の内実を詳らかにする「トゥルー・クライム(実録犯罪物)」は人気コンテンツのひとつ。犯罪者の顔も声もばんばんメディアに登場し、裁判の一部始終すら報道され、人々はそれらをどう思ったか、井戸端会議で口端に上らせる。いったい何がそこまで関心を集めているのか? アメリカ在住のTVディレクターが、凄惨すぎる事件からおマヌケ事件まで、アメリカの茶の間を賑わせたトゥルー・クライムの中身から、彼の国のもうひとつの顔を案内する。

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「私は、あなたに謝ってほしくて来たのではありません。私がどんな思いだったかを知ってほしくて来たんです」

 昨年4月、アメリカの人気番組『Dr.Phil』(カリスマ心理学者のフィル・マックグロウが、相談者の悩みに耳を傾け、解決まで導くトーク番組)に出演したアシュリー・バークは、涙をこらえながらそう呟いた。5人の子どもを持つ主婦である彼女がこの日スタジオで対峙したのは、かつて自分の夫と不倫関係にあった女性。番組観覧客の前で不倫討論を繰り広げる彼女に、全米の視聴者が釘付けとなった。しかし、アシュリーが抱えた傷は夫の不倫だけではなかった。問題の夫は、不倫の末に殺害されていたのだ。

交際6カ月で結婚、若い二人が築いた幸福な家庭

 アシュリーが夫のエメットと出会ったのは、今から13年前。当時20歳だった彼女が、大学のジムでアルバイトをしていた時だった。彼女はジムを訪れたエメットに一目ぼれ、急速に距離を縮めていった。

 やがて2人は交際を開始。デートを重ね、将来の夢を語り合った2人は次第にお互いの運命を感じ始めていた。交際から6カ月後のある雪の日、アシュリーは、エメットの生まれ育った町に掛かる橋の上でプロポーズを受ける。しんしんと雪が降る中、エメットはひざまづいて指輪を差し出す。2人は永遠の愛を誓い合った。

 交際開始から6カ月でスピード婚を果たした2人。間もなくして、アシュリーのお腹に新しい命が宿る。初めての妊娠ということもあり、期待と不安を抱える中、エメットは彼女との時間に最善を尽くした。出産時には、陣痛で苦しむ彼女の手を握りしめ続けた。若い夫婦にとって初めての子どもは、双子の女の子だった。

 その後も男の子・女の子と家族が増える中、2人は良き父と母であるよう務めた。夏は湖の畔でキャンプをし、冬はスキーを楽しみ、家族の思い出は増えていった。

 2010年、エメットは、長年の夢であった法律事務所をアイダホ州の小さな町に設立した。少ないながら社員も抱え、まさに順風満帆の生活が始まった。さらに2人にとって、何よりも嬉しい知らせが飛び込んでくる。アシュリーのお腹に5人目の命が宿ったのだ。エメットは家族のために一層仕事へ情熱を燃やし、アシュリーは毎日指輪をはめて仕事に向かう夫の姿に、家族の絆を深く感じていた。

 仕事も軌道に乗り始め、更なる飛躍を目指すエメットは、新しいアシスタントを募集する。彼が雇ったのは、カリフォルニア州から夫と2人の娘と引っ越してきたカンディ・ホールだった。理想的な家族像に見えたエメット一家の運命は、2人よりも10歳以上年上であるカンディの存在によって少しずつ変わり始めることとなる。

年上の女性アシスタントと妻の勘

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 アシュリーは、カンディに対して初めから良い印象を持っていなかった。なぜなら彼女を雇うことに対して、エメットがあまりに親身になっていたからだ。夫が彼女に注ぐ熱意に、直感的に嫌な予感を持ち始めていた。やがて、そのアシュリーの予感は現実のものになってゆく。

 カンディがアシスタントとして働くようになった頃、妊娠中のアシュリーは、エメットに連絡を入れずに事務所に立ち寄ったことがある。まず違和感を持ったのは、駐車場に車を止めたとき。エメットの車の後ろに、寄り添うようにカンディの車が止まっていた。アシュリーが事務所に入ると、彼女の姿を見るなりスタッフの動きが止まる。バツが悪そうにアシュリーを見る彼らにさらなる違和感を持ちながら、奥にあるエメットの部屋のドアを開けたとき、彼女が見たのは、親密そうに笑いながら話をする2人の姿だった。

 アシュリーの違和感は的中していた。この時、すでに2人は上司と部下を越える“関係”を持ち始めていたからだ。しかし、当時28歳だったアシュリーは、一回りも年上の女性にエメットの心が動くはずがないと信じ込んでいた。
 
 カンディが働き始めて数カ月が経つと、エメットは家族との時間を避けるように帰宅時間が遅くなっていった。夫婦の会話も減り、2人の間では口論が頻繁に起きるようになる。4人の子どもを抱え、さらに妊娠中のアシュリーは、家族の絆を取り戻すため、エメットにカウンセリングを受けようと提案。だが彼はそれを避け続けた。

 そして、2011年3月11日。2人にとって5人目の子どもが生まれて6週間目の出来事だった。久しぶりに家族団らんの時間を過ごすために、アシュリーは1日かけてエメットの好物の料理を用意し、子どもたちもドレスアップさせ、夫の帰りを待っていた。しかし、この日もエメットはなかなか帰らない。ディナーの時間を過ぎてしばらく経った頃ようやく帰ってきた夫に、アシュリーはキスをしようと近寄った。だが彼は顔を背け、それを拒む。アシュリーはとうとう意を決して、2人の間にできてしまった溝を修復するための話し合いの時間を設けようとした。だがそれは結局口論へと発展してしまう。

 そのとき突然、エメットの携帯電話が鳴った。誰かと連絡を取った後、彼は外出する準備を始める。アシュリーは「今日だけは家族と一緒の時間を過ごしてほしい」と泣きついたが、エメットは「俺に指図するな」と言い残し、家を出て行ってしまう。残されたテーブルの上の料理は、まるで2人の関係のように、冷めきっていた。

ダブル不倫の発覚――そして駐車場で惨劇は起こった

 エメットの電話の相手はもちろんカンディだった。ドラッグストアの駐車場で待っていた彼女は、エメットが到着すると、彼の車に乗り込み、場所を移した。いつも通り、不貞を犯す2人。しかし、2人の密会は最悪の結末を迎えることとなる。この時、偶然にも同じドラッグストアを訪れていたカンディの娘が、駐車場にある彼女の車を発見していた。周囲を見渡しても母親の姿が見当たらないことを不審に思った娘は、父親に電話をしたのだ。カンディの夫もアシュリー同様、直感的に妻の不貞に気づいていた。嫉妬心に燃えたまま拳銃を持ち出し、ドラッグストア内を徘徊して、カンディとエメットを探しまわった。そして、駐車場に戻ってきた彼らと遭遇したのだ。

 まさかの修羅場にエメットは開き直り、カンディの夫は怒り狂う。男たちの口論を背に、カンディがひとりその場を離れようとしたその時、銃声が鳴りに響く。振り返ると、エメットは血だらけになり地面に倒れ、カンディの夫はその返り血を浴びていた。

 何も知らないアシュリーは、夫の帰りを待っていた。しかし日付をまたいだ頃、彼女のもとに現れたのは夫でなく警察だった。そこで彼女が知らされたのは夫が犯した不貞と、彼が殺害されたという事実だった。

ついに直接対決!カメラの前で対峙する女2人

 事件から2年9カ月後、カンディの夫は殺人罪で有罪となり、懲役30年を言い渡された。

 アシュリーは、自らの経験を書いた手記を出版した。妊娠中に夫に不倫をされ、殺害までされてしまうというセンセーショナルな内容に、手記はたちまち話題となった。しかし、その手記に納得のいかなかったのはカンディだった。手記では当然、夫と不倫をしたカンディについても言及されていたからだ。

 その後も2人の関係はたびたびメディアで報道されることとなり、昨年4月、ついにアシュリーとカンディは、全米人気のテレビ番組で直接対峙する。観覧席に娘を座らせ、スタジオ入りしたカンディは、アシュリーの出版物への非難を始める。「もう、私の名前を書くのを止めてほしいわ」とカンディが言えば、「私は、あなたが夫と寝るのを止めてほしかった」と応戦するアシュリー。白熱する討論に、観覧客からの拍手が鳴り続けた。番組の最後には、アメリカのカリスマ心理学者であり、名物司会者のフィル・マックグロウが2人の間に入り、「あなたは、ここにいる2人の子どもたちを大切にしなさい。そして、自分自身と向き合いなさい」とカンディを諭し、番組は全米で大変な話題になることとなった。

 アシュリーは手記を出版した後も、自らの経験をブログに書き続けている。夫を亡くした彼女の経験と、それでも立ち上がる彼女の姿勢を示したブログは、全米の悩める女性達に勇気を与え続けている。彼女のブログはその後、悩める女性たちがお互いの経験を告白しあう社交上へと発展している。

 現在、アシュリーはエメットの死後に出会った男性と再婚を果たし、新しい家族と共に笑顔を取り戻しているという。

井川智太(いかわ・ともた)
1980年生まれ。育英工業高等専門学校卒業。印刷会社勤務を経て、テレビ制作会社に転職。アシスタント・ディレクターを経てディレクターとなり、2011年よりニューヨークの日系テレビ局でディレクターとして勤務。また、その傍らフリーのライターとしてウェブを中心に執筆中。

テロのイメージばかり先行するけど本当のイスラムってどんなとこ? 1400年の歴史を追う!

――イスラム過激派組織などの伸長により、混迷を極める中東情勢。民族問題、宗教問題が複雑に絡み合うこの地の政治的“見取り図”を正確に把握するのは至難の業。ではあるが、日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究理事である保坂修司氏のインタビューを中心に、この地の歴史の概観を眺めてみたい。

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 IS、タリバン、ボコハラムなど、イスラム過激派によるテロが世界の人々の生活を脅かし続けている。2015年11月、約130人が死亡したフランス・パリ同時多発テロは、世界中の人々に大きな衝撃を与えた。今年に入ってからも、血なまぐさい惨劇はやむ気配がない。1月31にはシリアの首都ダマスカスで、1月7日と2月1日にはアフガニスタンのカブールで、また1月14日はインドネシア・ジャカルタで、イスラム過激派による自爆テロが相次いで発生している。

 内戦が続く中東、アフリカ情勢は、現地難民の流出にも拍車をかけている。シリアからの難民は15年8月時点で410万人、当地の全人口の約2割を占めるほどに膨れ上がった。難民受け入れの是非をめぐり、欧州は人道的立場とテロリスト流入という現実の間で揺れている。欧州各国の国内世論は真っ二つに割れており、難民に厳しい措置を取る極右やタカ派の台頭も著しい。また最近では難民と欧州各国国民の対立も深刻だ。今年1月25日、スウェーデンでは難民受け入れ施設で働いていた女性が、難民少年に殺害されるという痛ましい事件が起きた。同29日には、その事件の報復と称し、覆面姿の極右グループが首都ストックホルムで難民や移民を襲撃、逮捕されている。欧州以外の先進国にとっても、イスラム過激派や難民問題は対岸の火事ではない。各国ではテロを警戒した警備体制が強化され、開戦前夜を彷彿とさせるような殺伐とした風景が広がっている。

 しかし、ここで我々はこう問いたい。

「イスラムとは何か? イスラム世界とは何か?」

 全世界でムスリム(イスラム教の信者)は16億人ともいわれる。そのうちのほとんどが、イスラム過激派を支持する狂信的な信者などではないのは、賢明な読者なら先刻承知であろう。しかし、先述したような世界情勢の中、いまや「イスラム世界」のイメージは、暴力や残虐性と結び付けられることが多い。しかし、大部分のムスリムは、我々と同じような、ごく普通の一般人ではなかろうか……?

 そこで今回サイゾーでは、「中東・イスラム世界 新文化論」と銘打った特集を企画する。中東・イスラム世界の最新動向に目を配りながらも、かの地で生きる普通の人々が日々楽しんでいるであろうようなファッション、スポーツ、音楽、映画、その他のエンターテインメントから、一部の退廃的享楽までを、お届けしたいと思う。なぜならそのほうが、かの地の人々の“本質”を知ることができると考えるからだ。

 とはいえ、そのためにもまずは、かの地の歴史を概観しておくことは大切だろう。そこで巻頭企画たる本稿では、日本エネルギー経済研究所中東研究センターで研究理事を務める中東専門家・保坂修司氏に話を聞きながら、イスラム世界の歴史をたどるにあたってキーとなる書籍を交えつつ、解説を加えてもらうこととした。

(文/河 鐘基)

【徹底研究】ベッキーをオトしたゲスの極み乙女。だけじゃない! “前髪重い系バンド”はなぜモテるのか!?

――“ベッキー騒動”でやおら世間の注目を集めているゲスの極み乙女。なるバンド。そういえば最近、似たイメージのバンド、多くないだろうか? そこで本企画では、そっち系のバンドを「前髪重い系バンド」と勝手に命名。そのスリートップとして、くだんのゲスの極み乙女。、そしてサカナクション、SEKAI NO OWARIを措定し、大人気の彼らの、その“モテ”の秘密に迫る!

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多くの雑誌の表紙を飾る三大“前髪重い系”バンドたち。バンド全員でのカットが多いゲス極やセカオワに比べ、サカナクションは単独カットが多い。

 2016年1月7日発売の「週刊文春」報道に端を発する、タレント・ベッキーと人気バンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル&ギター・川谷絵音の不倫報道。その記事──「ベッキー31歳禁断愛 お相手は紅白初出場歌手」──が掲載された同誌の発売前日、急遽記者会見を開いて謝罪したベッキーだが、その翌々週21日発売の「週刊文春」には、会見前の赤裸々なLINEの内容が再び掲載。「不倫でも略奪でもない」「オフィシャルになるだけ」など、謝罪どころか開き直りにも見えるやり取りが暴露され、結果的に彼女は、CMやレギュラー番組をすべて降板、長期休業を余儀なくされるという異常事態に陥った。

 ミュージシャンがモテるのは、今も昔も変わらない。噂話の類ならば星の数ほどあり、実際結婚まで至った最近の例でも、りょうとブラフマンのTOSHI-LOW、長谷川京子とポルノグラフィティの新藤晴一、蛯原友里とリップスライムのILMARIなど、大物女性芸能人と男性ミュージシャンのカップリングは、特に珍しいことではない。

 しかし、今回の一連の騒動で、決して音楽に詳しくはない一般人をも驚かせた要因のひとつは、相手のバンドマンが既婚者だったこと──ではなく、その「見た目」ではなかっただろうか? 好みは別として、ベッキーはまごうことなき美人ハーフタレントである。対する川谷は、お世辞にもイケメンとは言いがたい、ナヨっとした風貌……。かつてのバンドマンのイメージとは大きく異なるそのルックス。昨今の若者事情はよくわからないけど、これがイマドキのモテるバンドマン像なの? そもそも「ゲスの極み乙女。」(以下、ゲス極)というバンド名はアリなの? そんな疑問が頭の中を駆け巡った方も多かったのではなかろうか。

 そこで音楽業界を見渡してみれば、確かにここ数年、川谷と似た風貌のボーカリストをフロントマンに据え、全体として似た雰囲気を醸し出しているバンドが少なくはないことに気づく。ベッキーと川谷の愛のキューピッドとも噂されるラッドウィンプスの野田洋次郎、本誌14年9月号「人気“厨二病”バンド セカオワとは何者か?」でも触れたSEKAI NO OWARI(以下、セカオワ)のFukase、5人組バンド、サカナクションの山口一郎、4人組バンドKANA-BOONの谷口鮪、4人組バンド、クリープハイプの尾崎世界観……。

 彼らを眺めていて、ふと気づくことがある。それは、こちら側からフロントマンの目が視認できない、もしくは視認しにくいこと……つまり、前髪が長いのである。これにはきっと、意味があるに違いない。

 というわけで本稿では、ベッキーをオトした川谷率いるゲス極をはじめとする一群のバンドを「前髪重い系」と勝手に命名し、彼らの音楽性、その人気の秘密、そしてどうしてベッキーのような高好感度のタレントと付き合うかことができたのかについてまで、(半ば強引に)分析を加えてみたい、と思うのである。

イカついことがイケていた90年代

 たとえば90年代、人気のロックバンドといえば、ブランキージェットシティやミッシェルガンエレファント、イエローモンキーなどが、すぐに思い浮かぶ。長身痩躯の体型と、不良性をまとった雰囲気。そして何よりも、そこから立ちのぼる男の“色気”のようなもの。そんなロックバンドのボーカルがモテるのは、男の目からもある意味納得のいくところである。その背景には、「ゼロ年代以降の音楽シーンにおける、ある大きな変化があった」と語るのは、長らくバンドシーンをウォッチし続けている音楽評論家のA氏だ。

「90年代は、スタイルとしてのカッコよさを突き詰めているロックバンドが人気でした。ブランキーやミッシェル、イエモンなどが、その典型です。その一方で、グレイやラルク アン シエル、ルナシーなど、ヴィジュアル系と呼ばれていた一連のバンドも、確かに人気があった。まさに“ヴィジュアル系”という言葉が象徴的なように、それらのバンドには、誰が見ても一発でわかる見た目の美があり、それが何よりの魅力だったのです」

 反骨の精神や不良性など、いかにもロック的な「カッコよさ」を持ったバンドマン。あるいは、化粧をした美しきヴィジュアル系のバンドマン。確かに90年代は、ヴィジュアルからして明らかにスタイリッシュなミュージシャンたちが邦楽ロックの中心にいたし、女性人気も高かったのである。

 ところが、ゼロ年代に入ったあたりから、それらのバンドとは異なる風体を持ったバンドが続々と音楽シーンに現れるようになる。そのひとつの分水嶺となったのが、バンプ・オブ・チキン(以下、バンプ)であるとA氏は語る。00年にメジャーデビューし、01年のシングル「天体観測」の大ヒットで一気にお茶の間レベルで認知されるようになったバンプ。90年代に人気を博したロックバンドたちが、ある種特徴的な「外見」を持ったスタイリッシュなロックバンドであったのに対し、彼らは外見以上にその「内面」──特に、その繊細な内面性を表現した「歌詞」に大きな特徴があった。そう語るのは、インディーズを中心としたCDショップで働くB氏だ。

「彼らは、スタイリッシュなもの──クラスでも目立っていたような人たちとは、真逆の場所から出てきたバンドです。あくまでも等身大の目線で、生身の心情を吐露するような歌詞。『痛みや切なさを胸に、それでも前へ進もうとする意思』といったものが、バンプの歌詞には込められていたわけです」

 かつてのロックバンドとは異なり、若者たちの内面を繊細な歌詞で描き出してみせたバンプ。インディーズ時代に彼らがリリースしたアルバムが『THE LIVING DEAD』(生ける屍)と名付けられていたのは、なんとも象徴的な話である。わかりやすい意味での「ロックスター」ではないけれど、それでも鳴らせる音楽がある。それでも生きる意味がある──。そんな彼らのメッセージは、当時悩める思春期を迎えていた少年少女のハートを見事に射抜いたのだった。AKB48の渡辺麻友、元SKE48の松井玲奈など、自身が芸能界に入る以前からバンプを愛聴していたと語る女性タレントは数多い。そんな夢見る女子たちの精神的支柱となったのが、バンプだったのである。

 そのバンプを筆頭に、アートスクール、シロップ16gなど、内省的な歌詞を特徴とする、下北沢発のロックバンドが人気だったゼロ年代初頭。そして、彼らの大きな特徴として挙げられるのが、ゲス極・川谷にも通じる例のアレ──前髪の重さなのだ。彼らはいずれも前髪を長く伸ばし、眉毛はもちろん、目元すら見えない髪型をしている。それは単なる偶然なのか? あるいはそこに何がしかの意味や効果があったのか? タレントやミュージシャンなどのヘアメイクを長らく担当してきたベテランヘアメイクであるC氏は言う。

「前髪を長くして眉を隠すと、男だか女だかわからない、中性的な感じが出るんですよね。あと、眉毛が見えないので、表情がわかりにくくなる。ヘアメイクとしての経験上、シャイな人ほど、前髪の長さにこだわる傾向があるように思いますね」

 シャイな自分を守るための、“武装”としての前髪! 彼らに続いたラッドウィンプスもこの系譜に連なるバンドのひとつだが、彼ら新世紀のロックバンドたちは、いずれもテレビに出ることを極力抑え、ライブを中心にファンとの濃密な関係を取り結んでいたことも、忘れてはならない特徴のひとつだ。誰もが知る「外見」のわかりやすいイメージよりも、私しか知らない彼の「内面性」。そのひとつの象徴として、彼らの前髪はあったのである。

“男”ではありたくない 意思表示としての前髪

「前髪重い系」のバンドが優勢になったバンドシーンに、やがてある変化が訪れる。冒頭に掲げた三大“前髪重い系バンド”のひとつ、サカナクションの登場だ。07年にメジャーデビューし、10年に発表したシングル「アルクアラウンド」、アルバム『kikUUiki』がいずれもオリコン初登場3位を記録、13年にはNHK紅白歌合戦に出場するなど、お茶の間レベルで大きな存在感を示すようになったサカナクション。そのフロントマンであるボーカル&ギター・山口一郎の前髪もまた、確かに重めだし、〈アイデンティティがない〉と歌う「アイデンティティ」という曲が典型であるように、その歌詞世界も内省的なものではあった。しかし、彼らはそれ以前のバンドと、決定的に異なっていたと前出のA氏は続ける。

「それまでの、ギターバンドと称されていた一群のバンドに比べて、彼らは自分たちがやっていることに対して、最初から相当確信的だったし、明確な戦略を持ちながらバンドを運営していました」

 日本でもすっかりロックフェスティバルがお馴染みとなり、音楽ビジネスの中心が、CDなどのパッケージ販売からライブエンタテインメントへと移行しつつあった当時、彼らが何よりも重要視したのはライブ演出だった。映像や照明、音響にこだわりながら、ときに楽器を離れ、メンバー全員がパソコンを操作するなど、バンドを「脱構築」するようなライブパフォーマンスを展開したサカナクション。彼らは、それまでのバンドが避けていたテレビというメディアも積極的に活用しながら、自分たちの魅力を広く世にアピールしていく。ちなみに、14年末に放送されたフジテレビのドキュメンタリー番組『ライナーノーツ』には、サカナクションの熱烈なファンとして、妻夫木聡、水川あさみ、神田沙也加ら著名人が10名登場。サカナクションの魅力について異口同音に熱く語っている。ブログやツイッターなどの普及で芸能人が特定のアーティストのファンであることを公言するのが当たり前になった一方で、アーティスト側からしても、折からの予算削減などで宣伝費も削られる中、著名芸能人によるファンアピールは、むしろ願ったりかなったりという時代が到来してくるのである。

 さらに、サカナクションのもうひとつの新しさとして、大手メジャーレコード会社で働くD氏は次の点を指摘する。

「サカナクションの場合、女性メンバーが2人いるというのも大きいでしょうね。もう見た目からして、いわゆる“男っぽさ”を前面に押し出したバンドではない。そこがイマドキだったのかもしれないですよね」

 前出のヘアメイクC氏も、これに同調するように、こう語る。

「バンプ・オブ・チキンのフロントマン、藤原基央さんまでの前髪は、あくまでもナチュラル、ぶっきらぼうに伸びた前髪でした。対してサカナクション山口さんの前髪は、知的に見えるようにきれいに切り揃えられているんです。女性的というか、少なくとも荒々しい男っぽさをアピールする前髪とは対極のところにありますよね」

 バンドに女性といえば、紅一点のボーカルか女性のみのガールズ・バンド、というのがこれまでの常道だろうが、女性2名を擁するサカナクションのフロントは、あくまでも男性の山口。そして、それ以前のバンドのような男性的なぶっきらぼうさとは真逆のところにある切り揃えられた前髪。前髪重い系バンドはこうして、女性性を獲得したのである。

ファンタジー世界を希求する“物語”としての前髪

 そうした流れのなかで、象徴的なバンドがまた登場する。セカオワだ。11年にメジャーデビューし、同年には武道館単独ライブを成功、13年には3日間で約6万人を集めた野外企画「炎と森のカーニバル」を開催。14年末には紅白歌合戦に出場するなど、この5年間でメキメキと頭角を現してきたこのセカオワ。そのフロントマンであるFukaseの前髪も、やはり重い。そして、キーボードに女性を擁する男女混成バンドでもある。さらに、サカナクション同様、視覚イメージを含めた総合エンターテインメントを標榜している。だが、セカオワの魅力の中心には、サカナクションにはなかったものがあると前出のA氏は語る。それは「物語性」だ。

「かつて精神を病んでいた時期があると公言するなど、かなり危なっかしい存在であるFukaseをメンバー全員が取り囲んで守る、というのがセカオワの物語の基本構造です。さらに、Fukaseのことを幼稚園時代から知る女性メンバーSaoriの存在、メンバー全員での共同生活など、彼らはこれまでのバンドとは違う物語性を持っています。いわゆるロック的な物語というよりも、まるで少女マンガのような物語。若い子たちがセカオワにハマるひとつの魅力が、そこにあるのでしょう」

 サカナクションが、比較的年齢層の高いファンからの熱烈な支持、あるいはファッション関係などクリエイターたちからの高い人気を得ていたのに対し、セカオワ人気を支えているのは、もっと若い層、下手をすればまだ10代そこそこの子どもといってもいい年齢のファンたち。そこには、彼らが持つ「少女マンガ」のような物語性が関係しているというのだ。そのことは、前髪からも見て取れると前出のヘアメイクC氏は語る。

「Dragon Night」のときの赤っぽく染めた髪のイメージが強いFukaseさんですが、実は曲ごとにかなり頻繁にヘアスタイルを変えています。また、そのたびに毎回ウェーブを入れているのが彼の前髪の特徴。セカオワの物語に合わせて変幻自在なのかもしれませんね」

 サカナクションで女性性を獲得した前髪重い系バンドの前髪は、ここにきて物語性、しかもキラキラしたファンタジーのような幻想性を獲得する。同じくファンタジー世界を生き、ヘアスタイルのみならずコスチュームも背景となる歌詞世界も、ついでにいえばお顔のほうもビミョーに変化するきゃりーぱみゅぱみゅとFukaseの相性が良かったのは、ある意味において当然だったのである。

自然に見えて作為的 コメディとしての前髪

 そして、ゲス極である。ライブシーンでの盛り上がりを受けて、14年にメジャーデビュー。同年のシングル「猟奇的なキスを私にして」のリリース・タイミングで、いきなり『ミュージックステーション』(テレビ朝日)に出演。以降、バラエティ番組にも積極的に出演し、14年末には紅白歌合戦に出場するなど、瞬く間にお茶の間レベルで知られるようになったのは周知の通り。マッシュルームカットで眉を隠したフロントマン・川谷絵音のルックスは、明らかに「前髪重い系」の系譜を継いでいる。そして、ドラムとキーボードが女性という男女混成バンドであるところも、サカナクション以降のバンドのあり方を踏襲。だが、そこに彼らは、さらに新しい要素を持ち込んだと前出のA氏は指摘するのだ。

「“お笑い”の要素です。そもそも“ゲスの極み乙女。”というバンド名からして、ふざけていますよね(笑)。川谷君が書く歌詞は、意味深なものが多いけど、それに対して彼は特に責任を持ちません。なぜなら、そこに歌い手の内面性が投影されているわけではないから。それはインタビューなどで本人も認めています。そういう意味でゲス極の歌詞は、電気グルーヴなどに近いのではないでしょうか。意味があるようでない、言葉の響きを希求したナンセンスの面白さというか。そこが、ロックバンドとして新しいところです」

 それ以外にも、ベースの休日課長がドラムのほな・いこかに片想いをしているという“設定”や、その設定を生かしたライブ中のコント的なやりとりなど、従来のロック・バンドとは異なる「笑い」の要素を混ぜ込んだ、独特なライブを披露しているゲス極。そこには、川谷自身が自らの音楽性を追求する別ユニット、indigo la Endとしての活動を並行して行っていることも大きいようだ。ロック・バンドとしてのまっとうな活動は、indigo la Endで。しかし、その余技として始めたゲスの極み乙女。のほうが先に人気が出てしまったのは、皮肉な現実ではある。

「お笑いができるということは、イタい“自意識”からは外れているということを意味します。自分たちのことを、自分たちで笑うことができるのですから。そこがバンドの親しみやすさにもつながっている。もともと音楽とお笑いというのは、エンターテインメントの二軸であり、その両方を極める人たちが国民的な人気を獲得していくのは芸能界の常。クレージーキャッツ、ドリフターズ、タモリなどがいい例でしょう。ひょっとすると、そこへの揺り戻しや原点回帰的なことが、音楽業界の側で起こっているのかもしれないのです」

 対する前出のヘアメイクC氏の言はこうだ。

「彼のヘアスタイルは『ブサイクを隠しているだけ』などとよく揶揄されていますが、実は非常に計算されています。目にかかるギリギリのところでのカット、ナチュラルなように見えて片方の耳だけチラ見せする、さらに雑誌グラビアではきれいにファンデも塗り、黒目のカラコンも入れている。そういう意味では、“あざとい”のかもしれません」

 バンドにお笑いという要素を取り入れるそのセンス、計算され尽くしたヘアメイク。そこには、音楽とお笑いを制した芸能界の国民的スターたちの風格さえ漂う、のかもしれない。彼が、国民的大スターと道ならぬ恋をし、それが発覚して国民的大注目を浴びるのは、ある意味において必然だったのだ。彼の前髪が、そのことを雄弁に物語っている……。

 以上で、前髪重い系バンドの人気の秘密の一端が、賢明なる読者諸氏には十分ご理解いただけたことかと思われる。

 明日以降は、本誌連載「川崎」でもお馴染みの音楽ライター・磯部涼氏の「前髪重い系バンド分析」をはさみ、音楽業界関係者が語る「覆面座談会」にて、彼ら前髪重い系バンドのビジネス展開やその裏側について眺めていこう。前髪をかき上げて、両のまなこでじっくりと読んでいただきたい。

(文/オカタトオル)

【SMAP解散報道】でマスコミは死んだのか? ジャニーズが掌握したメディア操作の真相と深層

――安倍晋三首相が異例のコメントを出すまでに至った、SMAPの独立・解散騒動。“国民的アイドル”の影響力が、いかに大きいかを見せつけられた騒動だったが、独立を画策したとされるマネージャー飯島三智氏の退社、そしてメンバーによる生放送謝罪により沈静化した。だがこれは、芸能マスコミのあり方が問われた出来事だったのではないだろうか?

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(絵/藤本康生)

 日本中の話題をさらったSMAPの分裂・解散、事務所独立をめぐる動きは、ひとまず落ち着きを取り戻している。とはいえ一連の報道ラッシュは、ジャニーズが抱えるさまざまな裏事情を表面化させたという点でも大きな意義があったといえるだろう。特に、生放送された謝罪によって、ジャニーズ事務所内におけるメリー副社長の権勢ぶりがお茶の間に伝わったことは驚きでもあった。

 その意味で今回の騒動は、いわゆる「芸能マスコミ」が、あらためて存在感を見せたともいえるだろう。世間的にいえば、騒動を最初に世に出した媒体は「日刊スポーツ」と「スポーツニッポン」の2紙となる。両紙とも1月13日付の一面トップで「ジャニーズ激震SMAP解散」(ニッカン)、「SMAP分裂」(スポニチ)と報じ、これを各メディアが追いかける形で、一気に報道合戦がスタートした。

 本誌読者であれば、スポーツ紙が、ジャニーズのような大手芸能プロと日常的に“良好な関係”にあることはご存じだろう。

「大手芸能プロとスポーツ新聞は、いわば記者クラブ制のような関係です。例えば稲垣吾郎や草彅剛の逮捕のように、事件化したときなどはさすがに報じますが、扱いは慎重に配慮をしています。また『フライデー』や『週刊文春』などが恋愛ゴシップ系の話を報じても、よくてベタ扱い。それも事務所側の否定コメントは必須で、後追いも極力しない。以前、文春が報じたジャニーさんのホモセクハラ疑惑などの深刻なスキャンダルに至っては完全黙殺です。スポーツ紙はドラマや映画、イベントの制作発表など、日常的に芸能ニュースを供給してもらっており、下手に刺激すると、その後の情報をもらえなかったり、会見から締め出されかねないからです」(スポーツ紙記者)

 そしてほどなく、翌14日発売の「週刊新潮」が、この「SMAP解散問題」を詳細に報じることとなる。新潮の記事はジャニーズ事務所のコメントに加え、返事はなかったもののマネジメント室長・飯島三智氏にも取材をかけるなど、時間をかけて丁寧に取材をした痕跡が見て取れるものだった。印刷スケジュールを考えれば、実質的に新潮のスクープだったことは明らかだろう。

 では、なぜこの2紙が新潮に先駆けてスッパ抜くことができたのか。多くのマスコミ関係者は「ジャニーズ事務所は新潮の取材を受けており、当然、この日に記事が出ることは把握していた。そこで、少しでも有利な情報を流すために、日頃から親しいニッカンとスポニチの2紙に情報を流して、先に書かせたのだろう」と考えていたはずだが、今回に限っていえば、そこまで単純ではなかったとの声もある。

 そもそもスポーツ紙記者の間では、飯島やSMAPの周辺にキナ臭い動きがあること自体は、かなり早い段階から情報が流れていたという。

「強がりではなく、飯島さんがSMAPと独立するのではないかという話はキャッチしていたんです。昨年秋口頃からは、今回の独立話で仲介に動いていたといわれる大手事務所や、テレビ局などから話が流れ始めていたし、NHK紅白の司会決定をめぐる取材の過程などでも噂になっていた。ただ、ジャニーズからは一切、情報が出てこなかった」(前出・スポーツ紙記者)

 ニッカンやスポニチのスクープ記事には、発売前日の1月12日付で飯島氏が関連会社「ジェイ・ドリーム」の役員を辞任したことも書かれている。この情報がジャニーズ側から提供されたのか、あるいは別のルートからのものなのかは定かではないが、積み重ねた情報の蓄積があったからこそ、出すことができたのは確かなようだ。

スポーツ紙が示した存在感と不信感

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日本中の注目を集めたSMAPの独立報道だが、彼らが国民的アイドルであるとうことがあらためて知らされた。

 もっとも、例え事情があったにせよ、情報をつかんだ時点で記事にすることができなかったという事実は、スポーツ紙の限界を示している。

「情報をつかんでも、『どうせ書けない』と自己規制して取材をやめてしまうケースも多いからね。今回は新潮の記事が出るということで、やむなくジャニーズ側もOKを出したのでしょうが、当然、スポーツ紙側には“十分に配慮した内容”を要請していたはずです」(スポーツ紙OB)

 実際、新潮に書かれた内容に対し、その後のスポーツ紙の記事は、かなり偏った方向に展開していくことになる。

 最大の違いは、飯島氏の退職原因と、4対1に分裂したSMAPメンバーの扱いだ。新潮の記事は、「飯島はメリーからパワハラまがいの言動で圧力をかけられ、退職に追い込まれた」としており、分裂メンバーの評価も「4人は育ての親への恩義から義侠心を見せた。しかしキムタクだけは打算で動き、飯島さんやメンバーを裏切った」「キムタクこそが大恩ある事務所への義を守った」と双方の見解を掲載して、中立的なスタンスを取っている。

 ところがほとんどのスポーツ紙は、「確執があった」とはしているものの、明らかに飯島氏を叩くトーンで、分裂メンバーの評価も、中居ら4人は“造反者”で、キムタクこそがSMAP存続のために動いた英雄という、完全にジャニーズ寄りのスタンス。記事の見出しを見れば、謝罪会見への流れがどう作られていったかがよくわかる。

「このテのマスコミコントロールは、まさにお手のもの。昨年でいえばKAT-TUNを脱退する田口淳之介の問題でも、同様にスポーツ紙を巧妙に使って『ジャニタレも適齢期になれば結婚解禁』という情報を流し、事態の収拾を図っていましたね」(前出・スポーツ紙記者)

 一方、出遅れた「サンスポ」と「スポーツ報知」だが、いずれも部数は伸ばしたものの、記事内容では明暗を分ける結果となった。なんとか他紙に並んだサンスポに対し、評価を落としたのは報知。

「収録予定日を間違えたり、歌収録をコントと書くなど、連日、ディテールでミスを重ねていましたね。象徴的だったのが、騒動後の初収録を報じた1月22日の『ジュリー副社長新企画でSMAP歌った』という一面記事です。実はこの企画は以前から用意されていたもので、飯島氏による最後の企画といってもいいくらい。収録スタッフが間違えるわけはありませんし、スマスマの収録現場をよく知らない人間が情報を流していたんでしょうね。そういえば、これまでSMAPの現場はすべて飯島さんが仕切っていましたが、この日は、初めて現場に来るようなメリー/ジュリー派のスタッフばかりでした(笑)」(フジテレビ関係者)

 ちなみに「デイリースポーツ」も、生謝罪があった夜に近藤真彦の呼びかけで食事会が行われた事実を、「キムタク発案で中居ら4人が謝罪した」と最終版でスクープしている。新潮によればこの会合は「最後まで重苦しく、まるでお通夜のようだった」というが、後追いしたスポーツ紙はこぞって「団結の宴」「ファミリー結束」「SMAP激励会」と問題収束を強調する紙面になっていた。こんな食い違いからも、大手スポーツ紙が、いかにジャニーズに気を使って紙面を作っていたかが見えてくる。

シタタカな週刊誌 相変わらずの女性誌

 ジャニーズ側の意向に、ほぼ丸乗りしていたスポーツ紙に対し、よりゲリラ的だったのが週刊誌だ。

 1年前にメリー副社長インタビューを掲載し、今回のジャニーズ内部分裂が表面化するきっかけを作った文春だが、出遅れを挽回すべく誌面に登場させたのは、ジャニーズ・エンタテイメントの小杉理宇造代表取締役。ただし「SMAP裏切りと屈服」のタイトル通り、内容は事務所側の主張を全面展開したもので、まだ分裂騒動が発覚する以前に張り込んで撮影した中居や飯島マネージャーの姿もグラビアで公開されている。

 一方、新潮の第2弾記事は、驚きのメリー副社長独占インタビュー。こちらも同様に「独立4人組が赦された真夜中の平身低頭」と、事務所側の完全勝利を印象付ける内容となっていた。

「ジャニーズにしてみれば、コントロールの利くスポーツ紙よりはるかに怖い文春と新潮を抑えにかかったということでしょう。これまで出版社系に対しては、カレンダー利権やファッション誌、テレビ誌など他誌への圧力を通じて影響力を保ってきましたが、この2誌にはほとんど利かなかった。そこで今回はジャニーズの大幹部を登場させることによって、自分たちの主張を大きく展開したわけです。メディア側にしても、当事者の肉声を報じることは大きな意義があるし、情報も取れますからね。特に文春を見ると昨年末から張り込んでおり、早い段階から“飯島・中居バッシング”のための情報を流していたのでしょう」(週刊誌記者)

 もっとも、これで思惑通り両誌がジャニーズ側に取り込まれたかといえば、そうではなさそうだ。新潮は第3弾の記事で、マッチ主催の食事会の“美談の嘘”を指摘。文春にしても、おそらく本人たちは許可していないであろうジャニー喜多川やメリー/ジュリーの姿をグラビアに掲載するなど、情報は取るが、言いなりにはならないというシタタカなスタンスを見せている。

 さらに遅ればせながらも、「週刊現代」が、飯島派と思われるジャニーズ元社員の暴露インタビューを掲載している。こうしたゲリラ性はまさに週刊誌の面目躍如といえる。

 女性誌では、過去にジャニーズと決裂した「週刊女性」が「“木村の裏切り”“中居の怒り”それでもSMAPは解散しない!!」「クーデターなんてなかった」と飯島側に立ってみせたが、対してこれまで通りジャニーズの広報誌ぶりを発揮したのが「女性セブン」「女性自身」の2誌。過去にはキムタクの彼女・カオリンとの破局報道に際して、事務所からキムタクの独占インタビューを指名されたほどの信頼を得ているセブンなどは、「中居正広誤算とこれから」とスポーツ紙同様、事務所寄りの美談報道に終始。ダウンタウンの松本人志が親友の中居に「解散したくないなら木村に頭を下げろ」とアドバイスしたというガセを飛ばし、吉本に謝罪するというひと幕もあった。

絶望的なテレビとウェブの限界

 ジャニーズとの“距離感の差”こそあれ、スポーツ紙も雑誌も自分たちで取材し、記事を作って情報を発信していたわけだが、今回、そんなメディアとして当たり前の役割すら放棄していたのがテレビだろう。どの局も、肝心な情報はスポーツ紙と週刊誌を読み上げるだけで、あとはコメンテーターや芸能リポーター任せという腰の引け方だった。

 TBSの生放送『サンデージャポン』で、デーブ・スペクターが「世間的に違和感があると思いますよ。でも(報道しているのは)全部スポーツ紙や週刊誌だけなんですよ。日常的に(SMAPを)使っているテレビ局が一番パイプあるのに、一切独自取材していないんですよ」と、本質を突くコメントをしていたが、爆笑問題・太田光やテリー伊藤も目を泳がせてスルーするのみ。この反応が、テレビ業界全体の姿勢を象徴していたといえるだろう。

 日テレ『情報ライブ ミヤネ屋』も、かろうじて、橋本五郎・読売新聞特別編集委員が控えめに事務所批判をしたことが目立った程度。長年にわたってメリーとS元取締役の関係からジャニーズJr.を優遇し続けたテレビ朝日も同様で、『報道ステーション』が真裏で流れた謝罪会見の速報を流していたが、その後、バックグラウンドに切り込んだ報道は一切流れていない。

 民放の中では最も飯島派に近いといわれていたのが『SMAP×SMAP』を放送していたフジテレビだが、昨年後半に入ってからは、“飯島派”だった局員が異動していたという情報が流れるなど、ジャニーズとの関係は、まさに商売に直結する問題となっていたようだ。

「騒動が発覚してすぐ上層部から、『他社で出た情報しか流すな』というお達しが下りてきましたからね。テレビ局にとって、これは単なる芸能ニュースではなく、政治的に判断しなければならない事件。それだけジャニーズに依存しているということなんです」(フジテレビ関係者)

 以前とは違い、こうした報道姿勢を批判する声や、ジャニーズ事務所の思惑が多くの人の目に届いたのは、現代がネット社会になったからこそだろう。ただし「他人のふんどし」の意味では、ウェブ媒体も同様だ。芸能系ニュースサイトは軒並みアクセス数を伸ばしたようだが、一部を除いて独自情報はほとんどなく、スポーツ紙や雑誌、テレビの報道を追いかけるだけという問題点も露呈した。

「そもそも(独立系のウェブニュースメディアでは)取材して書くという発想がないところもあり、評論、分析だけでは限界がある。刺激的な見出しでアクセス数を稼げればいいというだけのサイトも多すぎる。肝心の一次情報が他メディア頼みという点は、今後の課題でしょうね」(芸能サイト関係者)

 メディアがどんな距離感でジャニーズを取材しているのかは、今後も注意深く見守る必要がありそうだ。

(取材・文/常田裕)

CM違約金は折半? ゲス極のメディア対応舞台裏とベッキー騒動の着地点

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ゲス極の最新アルバム『両成敗』のポスター。中心にいるのが川谷! イケメン!

「SMAP」分裂独立騒動から元プロ野球選手清原和博の覚せい剤取締法違反による逮捕まで、年明けからセンセーショナルなニュースが続いている。両者とも、今後の動向や捜査状況に注目が集まるが、ベッキーとロックバンド「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音との不倫騒動【1】もかなりのインパクトだった。21日より公開予定の第2特集も参考にしていただきたいが、ある音楽関係者は騒動の“伏線”をこう語る。

「昨年末に開催された『COUNTDOWN JAPAN』で、ロックバンド『アルカラ』のボーカル、稲村太佑がライブ中のMCで『(川谷が別に所属するバンド)indigo la Endの楽屋に行ったらベッキーがいた』と話したんですよね。観客からは、どよめきが起こりました」(芸能事務所スタッフ)

 さて、ベッキーの芸能活動休止により、幕引きの様相を醸し出しているこの騒動だが、そもそも、所属事務所の対応も裏目に出たようだ。まずはベッキーサイドを見てみよう。

 騒動後、即謝罪会見を行ったところまではよかったが、交際はおろか、川谷の妻に対して謝罪もなし。さらに報道陣の質疑応答は一切認めないという厳戒態勢での会見に、芸能マスコミの間では「あれではクライアント向けの会見」だとの声が多い。事実、「週刊文春」(文藝春秋)による続報により、先の謝罪会見で「もう二度と彼には会わない」と口にしていたベッキーが、その裏で「逆に堂々とできるキッカケになるかも」「ありがとう文春!」「センテンス スプリング!」などといった、開き直りとも受け取れるやりとりをLINEで交わしていたことが発覚。結果、テレビ局やCMスポンサーも契約解除を決断。

 そして2月5日、当面の芸能活動休業発表へと至るわけだが、その直前、2度目の会見の噂が業界内を駆け巡った。

「会見情報が流れ、各社とも待機を余儀なくされました。“本命”は1月30日。しかし同日にスポーツ報知が『会見は白紙になった』と報じたことで会見の可能性は低くなったものの、急遽行われることも考えられ、情報が錯綜しました」(スポーツ紙デスク)

 そうした中、事情をよく知る芸能関係者は、水面下の動向をこう明かす。

「最初の会見の“塩対応”でマスコミ各社を敵に回してしまったのもそうだが、その後、宮根(誠司)が『情報ライブ ミヤネ屋』 (日テレ)で『休んでいる間も、なんで休むのか言っておいたほうが楽。次の会見では質疑応答がないと、マスコミも納得しない』『できるなら(会見を)早めにやったほうがいい。やってから休んだほうが気が楽だし、治りも早い』などと発言したことも大きかった。宮根のバックに“芸能界のドン”がいることは、この業界では有名だから」

 宮根アナや同じくフリーの羽鳥慎一アナの所属するテイクオフといえば、芸能界で一大勢力を誇るバーニングプロダクション系列として広く知られており、特に宮根はバーニング総帥“芸能界のドン”こと周防郁雄社長直轄の案件といわれている。

「最近の周防社長は、片腕といわれる某大手出版社の社長K氏や有名芸能リポーターI氏、TBSのスタッフを中心にマスコミ対策を仕掛けています。中でも宮根は、はっきりとした物言いから出役として重宝している。今回のベッキー案件についても、宮根にテレビを通じて所属事務所へのプレッシャーをかけさせる一方で、 裏では民放テレビ局の芸能デスクを中心としたスタッフに『所属事務所へ会見をやるようプッシュしろ!』と指令を出していた。こうした見えざる力により、ベッキーが所属するサンミュージックの一部関係者も一時は会見開催に向けて動き、その情報が一気に業界内に拡散した。宮根本人は過去に隠し子騒動を報じられたこともあり、ベッキーの話題に触れるのは乗り気じゃなかったようですが(笑)」(同)

 さらに、ベッキー騒動の新展開を狙うマスコミ各社の思惑もあり、2度目の会見の開催は現実味を帯びていったわけだが、すんでのところでサンミュージックサイドは回避した。

「冷静に考えれば、すでに多くの仕事を失った休業前に2度目の会見をやる意味はない。そもそも体調不良が休業の表向きの理由なわけで、会見に出ようものなら『会見できるくらい元気じゃないか!』と叩かれるだけ。最終的に懇意のマスコミ関係者からアドバイスをもらったサンミュージックの相澤正久社長自らが、マスコミ各社の圧力に屈しそうな広報担当を一喝、会見は白紙となった。ベッキー本人も、会見に強く抵抗していたと聞いている」(同)

 こうしてベッキーは公の場に再び姿をさらすことなく休業に突入し、川谷との愛に邁進しているようだが、なぜドンは、側近を駆使してまでベッキー潰しに精力を注ぐのだろうか? 別の芸能プロ幹部は語る。

「ベッキーを完全に潰すことで、彼女のポジションに自社ないし、傘下の事務所のタレントをブッキングしようとしていたからだろう。10本のレギュラー番組と10社のCM契約は、やはり魅力的なのだろう」

 一方、ゲス極・川谷サイドの対応を見てみよう。公式プロフィールによると、スペースシャワーミュージックがマネジメントを担当している。

「純粋な音楽レーベル/流通部門の人間がマネジメント業務を行っているので、いわゆる芸能プロにありがちな懐柔策には慣れていない。マネジメント業務を本格的に行うようになったのも、2011年の組織変更からですが、タレント的なアーティストではなく、通好みのアーティストが大半を占めていました。しかし、ゲス極の人気によってメディアへの出演が増加し、昨年末の紅白歌合戦出場から本腰を入れるようになりました」(音楽メディア関係者)

 ベッキー騒動で社内も騒然としていたようだが……。

「報道から2週間後くらいでしょうか、すでに社内は落ち着いていたように思います。マネジメント事業部ではないスタッフは、『隣のシマは忙しそうな時期もあったみたい……』と苦笑していましたよ。もちろん一時は電話が殺到したそうですが、各部署に箝口令が敷かれることも、対応マニュアルが用意されることもなかった。ただ唯一、“ゲス極担当窓口”ができたと聞きました」(芸能事務所スタッフ)

 だが、アルバム発売元のワーナー・ミュージックは、そうもいかない。

「騒動発覚直後から、厳戒体制が敷かれていたそうです。外部からの電話で、“ゲス”というワードを出したら即ガチャ切り、取り次いでくれません(苦笑)。ですが、紅白出場が功を奏して、話題性や音楽性そして、今回の騒動で、ゲス極の最新アルバムが好調なセールスを記録したのは事実。ワーナー側がベッキーのCM違約金半分を肩代わりするという話も聞いています」(週刊誌記者)

 売れっ子ミュージシャンによる不倫騒動などは、巷間ではよくある話。今回は、ベッキーの休業とゲス極サイドとの違約金の折半で“両成敗”ということだろう……って、このフレーズ、どうしても使ってしまいますね。

(編集部)

【1】不倫騒動
「週刊文春」(文藝春秋/1月14日号)で、“スキャンダル処女”といわれたタレントのベッキーと「ゲスの極み乙女。」のボーカル川谷絵音の不倫が報じられた。生々しいラインのやり取りや、続報では川谷の妻がインタビューにこたえるなど、ただの不倫騒動では終らない問題に発展した。

SMAP解散騒動で映画界も引っ掻き回される!? 賞レース解禁で危惧されるジャニーズ事務所の恐怖政治

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『母と暮らせば』HPより。

 1月18日、「第39回日本アカデミー賞」の受賞者が発表されたが、その中で注目を浴びたのがジャニーズ事務所のタレントが名を連ねたことだ。『母と暮せば』主演の嵐・二宮和也が「優秀主演男優賞」を、『暗殺教室』主演のHey!Say!JUMP・山田涼介が「新人俳優賞」を受賞した。

 ジャニーズ事務所といえば長きにわたり、音楽や映画の賞レースに関しては徹底して辞退してきたが、ここにきてなぜ態度を変えたのか。

「昨年の日本アカデミー賞でV6の岡田准一が最優秀主演男優賞と最優秀助演男優賞を受賞したことがきっかけでしょう。この時、事務所側は『岡田准一は弊社の中でも最多の20本の映画作品に出演させていただき、映画に育てていただいた俳優』とコメントを出し、”特例”であるかのようなアピールをしていた。

 でも、フタを開ければ今年も受賞者の中にジャニーズ事務所の面々が顔を並べている。つまり、今後も映画の賞レースに関しては辞退せず、参加していくということでしょう」(芸能記者)

 しかし、ジャニーズは第49回ブルーリボン賞主演男優賞に木村拓哉と岡田准一がノミネートされた際、「お世話になった俳優との争いもさることながら、同じ事務所内のタレント同士で賞を争うのは本意ではない。日本国内の賞レースには今後も参加する可能性は極めて低い」とわざわざファックスで通達を出してまで賞を辞退している。

「今後も賞レースには参加しない」と言っておきながら、ここにきて参加しはじめるのはやはり、SMAPのマネージャー飯島三智氏退社によって終止符が打たれた派閥争いの影響ではないのだろうか。

「2006年のブルーリボン賞では、木村が『武士の一分』、岡田が『花よりもなほ』でノミネートされたが、木村が大賞を獲る可能性が高かった。『武士の一分』は山田洋次が監督したこともあり興行成績的にも成功した。そしてなにより、それまでラブストーリーばかりやっていた木村が”役者”としてのポテンシャルを発揮し、新しい魅力を開花させたと業界評も高かった。

 一方、『花よりもなほ』は悪い作品ではなかったが、興行成績も振るわず、主演の岡田よりも脇を固めた宮沢りえの方が評価されていた。ジャニーズもそのことが分かっていて、辞退させたのでしょう。ようはジュリーさんの担当しているタレントが、飯島さんの担当しているタレントに負けるのを避けたということです」(週刊誌記者)

 昨年の岡田准一の日本アカデミー賞受賞に際しては「キムタクを超えた」などと報じるメディアもあり、木村ファンの怒りを買った。

「木村拓哉もジュリーさんが担当することになりましたから、今後は賞レースに出てくると思いますよ。17年公開の主演時代劇『無限の住人』では、ブルーリボンや日本アカデミー賞を狙っているんじゃないですかね。

 やっぱり映画賞を獲ると役者として箔がつく。岡田准一も昨年の受賞以来、映画の出演オファーが止まらないとか。ジャニーズ的にも本当はずっと参加したかったんじゃないですかね。

 飯島さんがいなくなってから、映画賞の受賞に意欲的になったジャニーズ事務所の露骨さはどうかと思いますが(苦笑)」(同)

 数多くの作品で主演を務め、良い成績を残しながらも無冠だった木村拓哉が、いよいよ映画賞という日の目を見る日も近いと期待する声も挙がる一方で、ジャニーズ事務所の横暴なやり方が映画界でも発揮されるのではないかと危惧する声も聞こえる。

「SMAP騒動でテレビ局がいかにジャニーズの言いなりであることが分かったかと思いますが、大作映画のほとんどはテレビ局主導の制作、もしくは製作委員会にテレビ局の名が入っている。ジャニーズが賞レースを解禁させたことによって、賞の狙える映画にしかタレントを出さないだとか、もっとひどい場合は無理やり賞にねじ込むように圧力をかけてくるかもしれない。

 そうなれば、他の俳優たちの士気も下がって、賞自体の価値も落ちていく。正直、今回の日本アカデミー賞に関しても、最優秀主演男優賞は『駆込み女と駆出し男』の大泉洋が最有力といわれているが、もし万が一、二宮和也が受賞するなんて番狂わせが起こったらジャニーズ側からの圧力を疑わざるを得ない」(テレビ局関係者)

 以前、北野武が「日本アカデミー賞最優秀賞は大手映画会社の持ち回り」と批判した際に、日本アカデミー賞協会会長の岡田裕介氏は「はっきり言って一番クリーンな賞であろうと思っている」と反論したが、ジャニーズ事務所が参加することによってそのクリーンさが揺るがないことを願うばかりである。

光GENJIからSMAPへ。そしてSexy Zoneやももクロへ…現代のアイドルは「王子様」「お姫様」か?

――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、芸能報道を斬る。男とは、女とは、そしてメディアとは? 超刺激的カルチャー論。

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「Sexy Zone写真集 Be Sexy!」

 去年の紅白以来、どうもSexy Zoneの中島健人が気になっています。中島健人は今度の3月で22歳になるそうですが、ヘタすればそのくらいの年の子どもがいてもおかしくない年齢の私。さすがに、Sexy Zoneをガッツリ応援している10代から20代くらいの女の子たちと、同じ注目の仕方をしているわけではありません。

 私が注目せざるを得なかったのは、なんと言うか、「中島健人が自分で設定しているハードルの高さ」でした。

 紅白で自分たちの持ち歌が終わってすぐ、次の出番の伍代夏子の『東京五輪音頭』の応援パフォーマンスにうつったSexy Zoneですが、中島健人は、決して有名な曲とはいえない伍代の持ち歌の、3回のサビ部分がすべて微妙に違っていたのに、完璧に口ずさみながら踊っていたのです。その後、細川たかしや藤あや子の応援パフォーマンスをしていたAKBやNMBグループの誰ひとり、こういうことはしていません。ただ、別にAKBやNMBの肩を持つつもりもないのですが、延べ時間でほんの数時間しかないだろうリハーサルで、若いアイドルたちが教わっているのは「踊り」であって「歌詞」ではないはず。「教わったことを教わった通りに遂行する」ことは、悪いことでもなんでもありません。

 中島健人のその様子がどうにも気になったので、あとで紅白を見返してみたら、天童よしみの『人生一路』(美空ひばりの名曲のカバー)でも、なんとか一緒に歌おうと頑張っていました。誰に命令されるでもなく、自発的に「1曲でも多く!」と、他人の曲の歌詞を頭に叩き込んで本番に臨んでいた21歳。芸能への「覚悟」みたいなものを、この年齢ですでに持っている。それに気づいて以来、歌番組やバラエティ番組などで中島健人が出てくると、ついつい「今日はどこまで仕上げてきているか」と、目で追ってしまう自分がいるのです。

 Sexy Zoneは過去に握手会を開いたことがあるそうで、そこでの中島健人のファンサービスの様子は「中島健人 握手会」といった単語で検索するとザクザク出てきます。ファンの子たちの、やや無茶ぶりが入ったコメントにも、ひとつひとつオリジナルな、「相手の想定以上に相手を喜ばせよう」という意志が見える言葉で対応していく中島健人は、当時20歳前。返答の8割を「ありがとうございます!」だけで押し通したところで、ファンの誰も文句をつけたりはしないだろうに、そこに甘んじなかったからこそ、ある種の伝説として語り継がれているのではないか、と。

 こうした振る舞いは、「王子様」としての振る舞いなのか。そう尋ねられたら、私は「NO」と答えます。人によっては過剰とも感じられてしまうほどのサービス精神の高さは、むしろ「血中王子様濃度」の低さゆえのもの。その濃度が高い人は、自分のハードルを高くしないものです。諸星和己が21世紀になっても「俺は人気者だから、できないこともある」的な姿勢を崩さないのは象徴的。言葉は悪いですが、「サービスしすぎなのは、庶民のやり方」だと思っているフシが、王子様を自認する人には見られます。

 それに王子様キャラは、突き詰めすぎると、「ネタ」に寄っていってしまうもの。それを逆手にとって独自の味わいを醸し出したのが、かつての及川光博であり、今の中島健人なのでしょう。「ネタ」に寄っていくことを受け入れられるのは、冷静さが必要なものですから。逆に、勘のよさで「王子様化」を避けて通っていたのが、本来誰よりも王子様ポテンシャルが高い堂本光一だと思います。デビュー当時から今に至るまで、コテコテの関西弁で通したのは「王子様扱いはイヤだ」という意志表示でもあったのではないか、と思ったり。

 現在のアイドルは、「キラキラ」しながらも、「王子様自意識」が非常に低い。たぶんその先駆者になったのはSMAPの中居正広ではないかと思うのですが、AKBグループでなんだかんだ言ってもいちばんの注目を集める指原莉乃が、「姫自意識」の低さにかけてもグループの中でトップを走っているのは、なんだかしみじみしてしまいます。

 前回前々回のこのコラムでもふれましたが、「アイドル」は、単に「歌ったり踊ったりできる、若くてかわいい子」のことではありません。スポーツ選手をアイドルにする人、活動家をアイドルにする人、現実にはいないキャラクターをアイドルにする人…、本当にさまざまです。私にも、若いころ、自分のアイドルがいました。アイドルがキラキラ輝いたり、壁を超えたり破っていく姿を見て、「私の人生もちょっとはキラキラするかもしれない。自分の壁を、ちょっと超えられるかもしれない」と感じたのを、昨日のことのように思い出せます。そう感じられたとき、「生きていく」ことの怖さを忘れることができたのです。

 その経験があるから、私は、大人になった今でも、「自分だけのアイドル」を信じる女の子、男の子の気持ちを尊重したい。そして、その子たちの思いを引き受けるアイドルたちも、幸せであってほしいと願っているのです。アイドルの幸せと、まだまだ若い一般の子たちの幸せは、絶対につながっているからです。

 正直、私はもういい年ですから、芸能界にどれだけのアイドルがいるか、まったく知りません。ただ、何度も繰り返すようですが、ひとつだけ思うのは、運営側がアイドルたちに余計な試練や屈辱を与えたりするのは本当にやめてほしい。そんな様子を「試練」として提示されても、一般の人々の心は無駄にざわつき、傷つくだけなのですから。

 アイドルが受ける試練(それは、若い一般人がそれぞれの人生で受ける試練と地続きのものです)は、「その高い壁を超えたとき、彼らがもっとキラキラできる場所に行けるため」の試練であってほしい。「グループ存続」とか、その程度のレベルのことで発動されるものであってはなりません。それはそのまま、若い人たちに「生きていく。ただそれだけのことなのに、こんなに大変なの?」と思わせることにつながりかねないからです。

 私が、今の女子アイドルならば、ももいろクローバーZに目を引かれてしまうのは、彼女たちの「試練」は、「それを乗り越えたとき、ものすごく大きな目標に近づく」という「物語」までが一緒に提示されているように感じられるからです。かつて『ASAYAN』という番組がテレビ東京系でオンエアされていましたが、その番組内で、モーニング娘。は、デビューから『LOVEマシーン』を出すあたりまで「試練」ばかりを課せられていました。しかし同時に、「乗り越えたところにある、大きな果実」も、明確に提示されていたのです。アイドルはそうでなくてはいけません。若い子の人生はそうでなくてはいけないのです。

 私は、自分が若いころ「いまどきの若いモンは」とさんざん言われて、心からうんざりしてきたクチですので、同じことは言いたくない。今の若い子たち(アイドルも一般人も)は、むしろ私が若者だったころに比べ、ものすごく一生懸命な子が多いと感じています。王子様・お姫様的な自意識を持つには、あまりにも冷静で真面目なのです。そういう真面目で一生懸命な子たちが、不要な「試練」を丸ごと受け止めていく姿を見るのは、大人としてつらすぎる。だから、ももクロのみんなにも、モーニング娘。のみんなにも、中島健人およびSexy Zoneのみんなにも、オバちゃんは幸せになってほしいのよ。

高山真(たかやままこと)
男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という書籍となって好評発売中。

被害者はベッキーだけじゃない!? 新たに経済界にも「ゲス極の呪い」が波及!

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「ゲスの極み乙女。『両成敗』スペシャルサイト」より

 ベッキーとの不倫騒動の渦中にある「ゲスの極み乙女。」川谷絵音とかかわった人物に、立て続けに不幸が訪れたことで、ネット上では「ゲスノート」「ゲスの呪い」と呼ばれ、話題となっている。

■川谷との不倫騒動でベッキーが10社あったCMが全て飛び休業を宣言。

■甘利元経済財政政策大臣が記者会見でゲス極の「私以外私じゃないの」の替え歌を歌ったが、その後、金銭授受疑惑で辞任に……。

■SMAPが15年発売のシングル曲「愛が止まるまでは」で川谷に楽曲提供を受け、その後、グループは空中分解の危機に陥り、メンバーが番組で公開処刑と称される謝罪中継を生放送でおこなうはめに。

■昨年末のNHK紅白歌合戦にゲゲス極が初出場。歴代最低視聴率39.2%を記録。

■SEKAI NO OWARIのFukaseが昨年交際していたきゃりーぱみゅぱみゅと川谷との集合写真をアップ。3カ月後に破局。

 芸能界・政界で起こったこれらに加え、なんと経済界でも「ゲスの呪い」に悲鳴の声があがっているという。

「ゲス極の所属事務所であるSPACE SHOWER MUSICを運営しているスペースシャワーネットワークが1月末に今期経常利益を78%に下方修正。その後株価は急下降、2月1日には14%以上も暴落しています。株主が集まる掲示板には『ゲスの呪いは恐ろしい』というコメントが並び、さらなる下落に震えています。一方で、“ベッキー効果”でゲス極のCDが売れまくっていることもあり、業績のV字回復を期待している人も多い。会社側は株主のためにも必死で赤字を埋めなければならず、ベッキーが休業しようとも、稼ぎ時の今のタイミングでゲス極を休ませるつもりはまったくない」(経済ライター)

「呪い」が本当ならスペースシャワーネットワークのさらなる暴落は必至だが、さてどうなるか・・・・。

「高野連が俺の人生のケツ拭いてくれるわけじゃない」高校3年生で感じた日本球界の閉鎖性

アメリカやカナダの独立リーグで活動する現役野球選手である筆者が、同じような境遇にある“野球人”にその挑戦と真意を聞く短期集中連載、最終回の今回は、本稿で取り上げてきた田久保氏の原動力になっているものは何だったのか、そして30歳を超えた彼の選択に迫る。世界を野球で歩いてきた自分が、後進のためにできること・すべきこととは何なのか――?

<第1回目「閉鎖的な日本野球を刺激する、世界を【野球】で歩いた男の足跡」
<第2回目「チェコ初の日本人プレイヤー…“野球発展途上国”でつかんだ希望」

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田久保賢植氏の公式HP

 2015年、田久保はチェコのフロッシ・ブルノに戻る。今回は、選手兼任コーチとしてのオファーだった。さらに、オーストリアのナショナルチームのコーチも、継続して引き受けることになっていた。前年と違い采配を振るわない分、技術指導に割ける時間も多くなった。田久保の役割は年々厚みが増し、野球後進国の多いヨーロッパで、着実に、他の野球人とは違う道を歩んでいる。

 もちろん、指導方針について悩むことも多い。だが、その困難を避けるようなことは決してしない。指導者として、打撃のメカニクス、守備での動き、走塁への意識、選手個人の気持ちの強さを、つぶさに観察する。そしてさまざまな情報を交えて議論を深め、戦うメンバーを選ぶ。基準とする軸は、常に定まっている。指導法には、必ず批判と称賛が付き纏う。言葉や文化の違いも、そのハードルを高くしている。周囲にまどわされず、自らが信じた決断を遂行するべきだと、田久保は考えている。指導に限らず、これまで貫いてきたことでもある。だが、その考えに変化も生じていた。

「自分がこうだと思ったら、こうだと突き進んできたつもりだったけど、いつしか振り返ってみると、単純に真っ直ぐにぶつかろうとしなくなったかなと感じる。ぶつかっていくにはエネルギーがいるんだけど、ぶつかることから流していくようになったなと。大人になったという言葉を使っていいのかわからないけど、変化はしたように思う」(ブログより/原文ママ)

 若い時は、自分に正直だった。単純に正面からぶつかることで、状況を打破しようとしてきた。年齢を重ねるごとに、ただぶつかるだけでなく、相手の話にも真摯に耳を傾けるようになった。自分のことだけ考えていた20代前半。今は、多くのことに目を向け、より深く物事を考えるようにしている。次の世代のためにできること、世界から学んだことを、日本野球にどう還元していくかに、田久保の意識は移っている。

原動力は、高野連に怒られた記憶だった――

 現在、田久保は指導の傍ら、世界を目指す若い選手たちのサポートも行っている。かつて三好にしてもらったように、田久保もまたその経験を若い世代に還元させている。海外に行きたいという選手がいれば、相談に乗る。経済的な問題を抱えている選手がいれば、オリジナルTシャツの作成・販売を勧め、三好と共にサポートする。田久保自身の考え方も変わってきた。

「選手としてプレーするのは、『そろそろ若い奴がやったほうがいいんじゃないか』っていうのはあるよ。だから、俺はそろそろシフトチェンジしたい。後輩の選手たちが俺ぐらいのことをできて当たり前になってこないと、野球界が何も変わってないことになる。ただ、『俺がいたね』で終わっちゃうから。次の子たちが俺のポジションに入ってきてやるようにならないと。ナショナルチームのコーチやったり、オーストリアで監督やったり、采配だったりね。今だったらヨーロッパにも日本人が何人か行ったりしてるけど、自分がいつまでも同じ立ち位置でいてもしょうがない。違う立ち位置に変わらないと、俺が進んでることも示せないから」

 30歳を過ぎ、野球への向き合い方も以前と大きく変わった。選手として価値を示そうともがき続けた20代。今は、新たな価値の示し方を見出し始めている。

「俺がやれることは、けっこうやったんじゃないかなっていうのはあるよ。若い選手が海外行きたいって言う時も、プレーできる環境を用意してあげられるようにならないといけない。それが野球界の仕組みだったり、構造を変えることになるから。サポートの役割にならなきゃいけないよな、って。そのための知識とかアイディアを、野球で海外出て学んできて、自分の引き出しに入れている。それを形にしていくタイミングには来てると思う。そういうことが、自分の役割になってきてるって気がするけどね」

 現役を退けば、自然とある程度は野球から離れていくのが多くの野球経験者の道筋だ。しかし田久保は、次の世代のために道を切り開き、後進に可能性を託そうとしている。そこまで彼を動かすものとは、一体何なのだろうか?

「自分が高校野球やってた当時、アメリカ行ったことで高野連にすごい怒られたんだよ。でも、就活のつもりで行ってるわけでしょ。別に、高野連が俺の人生のケツ拭いてくれるわけではないじゃん。そんなのも『おかしいよな』って思う。『おかしいな』って思うことがありすぎて、『これじゃいけないよな』って。傍観する人はたくさんいるけど、目をつぶってることがダサいなって思って(笑)。いろんなことが価値になる時代だからこそ、こういう道を歩んでるんだろうね」

 日本でも当たり前のようにアメリカ野球の情報が入ってくるようになり、野球を支える構造そのものの違いも見えるようになってきた。海外に魅力を感じる選手も増える一方で、日本を出て勝負するとなると、サッカーのようにグローバルでダイナミックな展開は、野球ではなかなか見られない。もちろん、野球が世界でそれほど普及していないことも事実だ。だからこそ、野球先進国が率先して、野球の価値を広めていくことが求められていると田久保は感じている。その中で、一般的には知られていないヨーロッパ野球にも挑戦し、若い世代の選択肢を広げようとしてきた。高校時代の田久保が感じた、閉鎖的な日本野球界に対する疑問と、世界の野球の魅力が、彼を動かす原動力になっているのかもしれない。

「価値がないなら作ればいい」新たなスタートを切る

 2015年シーズン後、田久保は新たなスタートを切った。現役からは退き、若い選手たちのサポート役に徹することに決めたのだ。秋には、サラリーマンに戻った。会社の業務をこなしながら、できる限り多くの名もなき野球人をサポートしていくつもりだという。それが、海外リーグのコーチとして、精力的に飛び回る三好への恩返しにもなるだろう。三好が海外に出ている間、田久保が日本での選手サポートや、これまで三好が企画してきた野球イベントなどを継続していくこともできる。

 野球界に、新たな価値を見せるために、選んだ道でもある。今まで、「価値がないなら作ればいい」という気持ちでやってきた。これからも、それは変わらない。選手でいることだけが、野球と関わる唯一の道ではない。「野球エリートでなくても、野球で生きていく道はあるはず」。田久保が歩んできた平坦でない道は、これから多くの選手たちが踏みしめ均してゆく一本の光明となるのだろう。

田久保賢植(たくぼ・けんしょく)
1984年、千葉県出身。野球選手、指導者。http://takubokenshoku.com/>

著者/宮寺匡広(みやでら・まさひろ)
1986年、東京都出身。小学校2年生で野球を始め、高校は強豪・日本大学第三高校に進学。2年間の浪人を経て慶応義塾大学文学部に入学し、野球部に所属する。卒業後、一般企業に就職するも1年半で退社、現役復帰。アメリカやカナダ、オーストラリアなど海外の独立リーグを中心に、現在も選手生活を送っている。

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