高い身体能力、太い声! 長澤まさみが初主演ミュージカル「キャバレー」で花開かせた、セクシー以外の魅力
劇場へ足を運んだ観客と演じ手だけが共有することができる、その場限りのエンターテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、時に舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。
過激な性描写や社会風刺など、舞台でしかできない刺激的な表現の中に身を置くことは、演じ手にとっても大きな成長の糧となるもの。演劇という手段だからこそ可能なエロティックさの演出と、そこへ挑む俳優の輝きについて考えてみたいと思います。
第1回は、鬼才・松尾スズキが演出を手掛けた傑作ミュージカル「キャバレー」で、初めてのミュージカルに主演している長澤まさみに焦点を当てました。
若手清純派女優の筆頭として活躍し、映画『モテキ』での日本アカデミー賞優秀助演女優賞受賞をきっかけに、艶めいた演技もできる大人の女優へと脱皮しつつある長澤まさみ。現在上演中のミュージカル「キャバレー」は、ナチスが台頭しつつある1929年のベルリンを舞台に、場末のキャバレー「キット・カット・クラブ」で繰り広げられる退廃的で魅力的なショーと、そこに生まれた愛、そして別離を描いています。
「キット・カット・クラブ」は、司会役のMCが場を盛り上げ、歌姫サリー・ボウルズの踊りと歌によるショーで毎夜にぎわっています。そこへ訪れた若いアメリカ人作家クリフとサリーは恋に落ち、同棲をスタート。ふたりが住む下宿の女主人もユダヤ人果物商と心を通わせ婚約しましたが、色濃くなるナチズムにそれぞれの人生に暗雲がたれこめて――、というストーリー。
アイドル女優の箔付けとしては、難易度が高い?
「キャバレー」は、クリストファー・イシャーウッドの短編連作小説「ベルリン物語」とジョン・ヴァン・ドゥルーテンによる同作の戯曲化「私はカメラ」をベースにミュージカル化。ブロードウェイの巨匠ハロルド・プリンスの演出により1966年に初演、翌年のトニー賞で最優秀作品など8部門を受賞しました。1972年には振付家ボブ・フォッシーの手により映画化され、サリー役を演じたライザ・ミネリは同作で一躍スターにのしあがっています。
松尾は2007年に自身初の翻訳物ミュージカルとして「キャバレー」を手がけ、今回の上演は再演。長澤が演じるのはもちろんサリーで、MC役に元劇団四季の看板俳優で近年では人気ドラマ「半沢直樹」などへの出演で舞台ファン以外にも知名度をあげている石丸幹二などが出演しています。
キャバレーという設定上、冒頭から華やかなショー場面が展開。手に持ったステッキを股間に挟んで男性器に見立てたMCが自慰行為を模しながら踊ったり、アンサンブルのダンサーがバストトップやおしりを丸出ししていたり、描写は猥雑で直接的です。
なぜ長澤は今、「キャバレー」に出演したのでしょうか。
昨今の長澤の出演作は、是枝裕和監督自身から“セクシー担当”を指示されたという映画『海街diary』や、夢の実現のために音楽プロデューサーから肉体関係を強要されてしまう歌手志望の女性を演じたフジテレビ系ドラマ「若者たち2014」など、女性としての色っぽさを重視して打ち出していることは明らかです。サリー役は露出度の高い衣装ばかりでセクシャルな振り付けも多く、出演がアナウンスされた際は抜群のスタイルを出し惜しみしないという下世話な一点に多くの注目が集まりました。
鬼才の手による名作への出演で、“アイドル女優の箔付け”としてなら、厳しい選択ではないか。「キャバレー」には、作品自体の愛好家が多数存在します。ミュージカルの専業演出家ではない松尾が手がけるからといってミュージカルファンが「ミュージカル」としての完成度を大目にみてくれることはなく、また、松尾作目当ての演劇ファンからも過度にシビアな目でみられるのは明らかです。
個人的には、きっと及第点はあげられないだろうけど挑戦する意欲だけは買おうという、少し意地悪な気持ちで観にいきました。が、そんな想像を、長澤は見事に打ち返してくれました。
恵まれた肢体は過激な衣装を存分に着こなしていて、踊る場面では大きく揺れる胸元が目立ったのは確かですが、その体形が何より生かされていたのはダンスそのものでした。
映画版でライザ・ミネリも着ていた黒いボンデージ姿で、楽曲「マイン・ヘル」を歌いながらのイスを使ったダンスは振り付け自体が十分セクシーとはいえ思い切っていて、大きな開脚からはエロチックさとともに身体能力の高さが感じられました。冒頭のショーナンバー「ヴィルコメン」でも、技巧を凝らした振り付けではないからこそダンスの素養があるかないかの粗が出てしまうものなのに、体の使い方がとても上手で、特に下半身の動きを意識していることがうかがえました。
意外な歌声、意外な演技力
では、ミュージカルにとっていちばん大切な歌はどうか。昨年の大河ドラマ「真田丸」でも指摘された舌足らずな話し方からは想像もつかないほど太くて、なによりもとてもよく伸びることに驚きました。低い声なのに、歌い終えたあとに口角があがる笑顔のチャーミングさ。
そのギャップが、欲望うずまくキャバレーで毎夜笑顔を振りまく可憐で奔放なサリーの華やかさと、それと裏腹の孤独そのものを体言しているように感じられたのは新しい発見でした。クリフ(小池徹平)とのすれ違いや身ごもった子どもの堕胎、ナチスを嫌悪し帰国するクリフと歌姫としての生き方を捨てられずに別れる哀しみと毅然とした姿を、口角の上がった笑顔のままで演じ分けることができるのは、映像の世界でもまれてきたからなのかもしれません。
名作の主演でも技術的な見劣りがなく、くわえて映像で磨いてきた武器を遺憾なく発揮しているさまは、「キャバレー」こそが長澤まさみの魅力をいちばん発揮できる作品だったからなのだと納得させるもの。思い返せば、所属事務所の東宝芸能は大手芸能事務所であると同時にミュージカルの制作を手掛け、舞台出演がメインの俳優も多く所属しています。
カーテンコールで、大きく胸元の切れ込んだドレス姿から谷間を覗かせながら客席に向かって深く頭を下げる姿に大きな拍手を送りながら、新しいミュージカルスターの鮮烈な誕生に、今後の出演作にも大きな期待を感じました。
▼ミュージカル「キャバレー」特設ページ
http://www.parco-play.com/web/play/cabaret2017/
(フィナンシェ西沢)