back numberはなぜ失恋を歌い続けるのか 情景描写を駆使した詞世界を読む
左から、Ba.Cho.小島 和也、Vo.Gu.清水 依与吏、Dr.栗原 寿。 【リアルサウンドより】 〈雪が綺麗と笑うのは君がいい/でも寒いねって嬉しそうなのも/転びそうになって掴…
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「リアルサウンド」の記事一覧(50 / 64ページ)
左から、Ba.Cho.小島 和也、Vo.Gu.清水 依与吏、Dr.栗原 寿。 【リアルサウンドより】 〈雪が綺麗と笑うのは君がいい/でも寒いねって嬉しそうなのも/転びそうになって掴…
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【リアルサウンドより】
2014年10月に1stフルアルバム『LIGHT』でデビューしたSPECIAL OTHERS ACOUSTICが、アコースティック8都市ツアー2014-2015の東京公演を2015年1月31日、東京キネマ倶楽部にて開催した。SPECIAL OTHERS ACOUSTIC(通称:S.O.A)はその名の通り、インストバンドSPECIAL OTHERS(以下、スペアザ)のアコースティックプロジェクト。これまでに5枚のフルアルバムをリリースし、2013年には初の武道館公演をソールドアウトのうちに成功させたスペアザだが、S.O.Aは全くの新人バンドとしてのスタート。この日の公演もチケットはもちろんソールドアウトし、スペアザとはまた違ったアコースティカルで心地よいバンドサウンドにオーディエンスは酔いしれた。
ステージ上にはメンバーが“第5のメンバー”と呼ぶ大きなサボテンやランプ、植物やウッドのポールハンガーなどが並び、なんだかとてもアットホームな雰囲気。ふらっとメンバーの4人が現れ、穏やかなアコギの音色で始まった1曲目は「Marvin」。続く「Mambo No.5」ではアップテンポなセッションで、観客は気持ち良さそうに体を揺らしていく。S.O.Aは宮原良太がパーカッション・ギター、又吉優也がマンドリン・ギター、柳下武史がギター・ベース、芹沢優馬がグロッケン・メロディオン(鍵盤ハーモニカ)という編成だが、ステージに登場する楽器はさらに多岐に渡る。「LINE」では芹沢がサーフドラム(波のような音を出せる楽器)を鳴らして感傷的なメロディーを引き立てたり、「BEN」では又吉がトライアングルを鳴らしたりと、実験的にさまざまな音を絡ませていくのが面白い。スペアザのライブでは時に激しく、熱のこもったセッションで観客のボルテージを上げていく彼らだが、S.O.Aのサウンドはただ音楽に体を任せれば幸福感で溢れてしまうような、どこまでもオーガニックな世界。「LIGHT」では最初しばらくジャムセッションが続き、曲に入ってステージが明るく照らし出され自然に4人の演奏が熱を帯びていく。観客たちもS.O.Aが作り出すナチュラルな空気に呼応して、会場からは一曲一曲に対し温かい拍手が贈られた。
その後本編唯一のMCでは“SPECIAL OTHERS ACOUSTICを何と略すか問題”について4人のゆるーいトークが続く。宮原は「“S.O.A”(という略称)を広めたいからしつこく言い続けていく」ということだが、場内からは「スペアコ~」という声もあがり、メンバーも「スペアコでいいんじゃね?」という空気に。今回のアコースティックバンドとしての活動についても「一発だけの企画じゃない」「継続的に出していく」といい、「スペアザと平行して活動していこうと思っています、よろしくお願いします」と宮原が力強く宣言すると、場内からは大きな歓声が上がった。そして「Wait for the sun」で、温かい空気に包まれたまま本編は終了。アンコールでは「ツアーがもうすぐ終わってしまうのが寂しい、一年間くらい廻りたい(宮原)」「全県ツアーとかやりたいね(柳下)」とバンドの意欲的なテンションを覗かせ、シンガーソングライターのLeyonaに楽曲提供した「ROSEN」をセルフカバーして披露。大団円でこの日のステージは幕を閉じた。
ステージ上で記念写真を撮り「楽しかったです、ありがとうございました」と語りかけるメンバーの姿が印象的だった。スペアザとS.O.Aという2つのスタイルを行き来しながら、音楽を楽しみ尽くす勢いの4人。今年も音楽ファンを大いに楽しませてくれるに違いない。
(撮影=KAZUHARU IGARASHI/取材・文=岡野里衣子)
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87年に洋楽雑誌における売上げの首位を獲得した『ロッキング・オン』(1987年4月号)。
【リアルサウンドより】
80年代の洋楽カルチャーについて、当時のメディアを手がけたキーマンや、その時期に青春をすごしたミュージシャンたちの証言を中心に、各シーンに詳しい音楽ライターから寄稿されたレビューをまとめたムック本『80’s洋楽読本』が、1月26日(月)に洋泉社より発刊される。
インタビュー企画には、石野卓球(電気グルーヴ)、カジ ヒデキ、片寄明人(GREAT3)、Zeebra、高木完、西寺郷太(NONA REEVES)、ハヤシ(POLYSICS)、松武秀樹といったミュージシャンのほか、大根仁(映像ディレクター)、小野島 大(音楽評論家/元『NEWSWAVE』編集長)、恩藏茂(元『FMステーション』編集長)、東郷かおる子(元『ミュージック・ライフ』編集長)、高橋芳朗(音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティ)、平山善成(クリエイティブマンプロダクション)などのメディア関係者が登場。同書の編集を担当したのは、リアルサウンド編集部のある株式会社blueprintで、猪又孝、円堂都司昭、岡村詩野、小野島 大、北濱信哉、栗原裕一郎、さやわか、柴 那典、麦倉正樹、宗像明将、吉羽さおりといった、リアルサウンドでも執筆中の評論家・ライターも寄稿している。
リアルサウンドでは同書の発売に先駆け、3回に渡って掲載記事の一部を紹介。第1回【カジ ヒデキが語る、80年代UKインディシーン「レーベルもやっていたS・パステルは神様でした」】では、カジ ヒデキのインタビュー全文を公開した。第2回では、文芸・音楽評論家の円堂都司昭による、80年代の洋楽雑誌についてのコラムを掲載。新たなロック批評が模索され、雑誌間で激しい競争が繰り広げられた時代を振り返る。(編集部)
80年代の洋楽雑誌事情を振り返ったさい、目立つトピックとしてあげられるのは、87年に売上げ首位の座が『ミュージック・ライフ』から『ロッキング・オン』へと交代したことだ。ロッキング・オン社長で音楽評論家の渋谷陽一は、72年に『ロッキング・オン』を創刊したことについて、既存の洋楽ジャーナリズムに不満を抱いていたことが動機だと繰り返し語ってきた。不満の矛先のひとつは、海外のロック・アーティストをスターやアイドルとして芸能のノリであつかう、『ミュージック・ライフ』的なミーハー体質だった。だが、80年代の洋楽雑誌の首位交代をミーハーに対する批評の勝利と単純化することはできない。
新たなロック批評を目指して渋谷が友人たちと創刊した『ロッキング・オン』は、初期には投稿主体の同人誌に近い内容だった。インタビューがとれない代わりに架空のインタビューを載せる奇策もとった。架空だと断ったうえで、このアーティストならこう答えるだろうという原稿を書くことは、ひとつの批評の形ではあった。だが、それは、その人にはそうあってほしいというファンタジーだし、洋楽アーティストをアイドル視してあこがれるミーハー的ファンタジーの理屈っぽいバージョンだったともいえる。
70年代から80年代に移るにつれ、『ロッキング・オン』は実際のインタビュー記事が多く載るようになり、グラビアも増えて商業誌らしくなる。「音楽を文学的に読む、これがスタート時点における僕の素朴な方法論だった」(『音楽が終った後に』/ロッキング・オン)と述懐したことのある渋谷がはじめた『ロッキング・オン』は、アーティストをある種の物語の主人公のように位置づけ、作品をその人の心理の反映ととらえる傾向がみられた。また、商業誌らしくなった80年代でも、書き手の思い入れが文章に色濃い点では、同人誌的であり続けた。
しかもページ数が増え、とりあげるアーティスト数が増えた同誌は、マニアックな路線には走らなかった。渋谷は70年代に、クイーンのなかではルックスのよさでいちばん人気だったドラムのロジャー・テイラーを表紙にして、好売上げを経験した。そして、80年代には、デュラン・デュランからはボーカルのサイモン・ル・ボンでなくベースのジョン・テイラーを多く表紙に選んだという(『ロッキング・オン』09年10月号の創刊5 0 0号記念特別号での回顧対談から/ロッキング・オン)。『ミュージック・ライフ』的なミーハー感覚もとりこむことで、同誌を追撃したのである。
80年代は、81年のM T V 開局からはじまったミュージック・ビデオの流行と連動して洋楽雑誌が元気だった。だが、70年代には洋楽への芸能的な興味を満たすには『ミュージック・ライフ』が第1の選択肢であったのに対し、80年代にはテレビ朝日系のミュージック・ビデオ紹介番組『ベストヒットU S A』がそれに匹敵する媒体になった。洋楽のビジュアル面を伝える手段の重点は、雑誌グラビアからビデオにシフトしたのである。
それに対し、ビジュアル重視の芸能的興味からさらにもう一歩踏みこみ、活字の多い雑誌まで読みたいと思うような洋楽ファンが求めたのが、アーティストの心理だったのではないか。青春の懊悩を屈折した詞で表現し、「マドンナは組織化された売春」、「バンド・エイドは極悪非道」などボーカルのモリッシーが物議を醸す発言を連発したザ・スミス。リーダーのイアン・カーティスが自殺したジョイ・ディヴィジョンの残りのメンバーがはじめたニュー・オーダー。このような心理的な屈折を特徴とするアーティストたちが、『ロッキング・オン』や、同誌を意識して88年に創刊された『クロスビート』の誌面で、一般レベルでの知名度以上の存在感を持った。
ただし、男の子的な理屈っぽさから出発しつつ、ミーハー感覚にも目配りして幅広い洋楽ロックをとりあげるようになった『ロッキング・オン』にも、排除したジャンルがあった。渋谷は、同誌81年1月号掲載の「ヘヴィー・メタル・ブームはゴミじゃ!!」なる原稿で「一種様式化し、ギターのたれ流し的フレーズが横行」、「その音の持つ機能を自らで限定してしまった」などとメタルを大批判した。ヘヴィ・メタル/ハード・ロックは、70年代後半に新興勢力のパンクに押されていたが、80年ごろにはイギリスでメタルのニューウェイヴがおきていたというタイミングである。以後の『ロッキング・オン』では、メタルが片隅に追いやられることになる。
一方、続く80年代には、ボン・ジョヴィ、ガンズ・アンド・ローゼズなど新世代が台頭し、ジューダス・プリースト、エアロスミスなど70年代世代も復権して、アメリカ市場を中心にメタル・ブームが到来する。それをフォローしたのは、84年創刊のヘヴィ・メタル専門誌『バーン!』(シンコーミュージック)である。結果的に『ロッキング・オン』と『バーン!』が棲み分ける形になったが、このことは、80年代末からアメリカでおきたグランジ・ムーヴメントへの日本の反応を遅らせることにつながったように思う。90年代初頭にニルヴァーナの大ヒットを生むことになるグランジは、今から考えると『ロッキング・オン』にとってはハード・ロック的でメタル寄りの音楽であり、『バーン!』からみればパンクよりだったといえる。
『ロッキング・オン』創刊の動機には、既存の洋楽雑誌への不満があったのだが、『ミュージック・ライフ』以上の仮想敵が『ニューミュージック・マガジン』(ミュージック・マガジン)だった。渋谷は同誌やその編集長だった中村とうようの文化人的な語り口を批判した。だが、70年代の日本語ロック論争で知られる『ニューミュージック・マガジン』が、この国の洋楽文化定着に貢献したのは間違いない。同誌は80年に『ミュージック・マガジン』に誌名を変更し、80年代には米英のロックが大半を占めたほかの洋楽雑誌とは違い、ワールドミュージックやロック以外のポピュラー音楽も積極的に紹介して独自性を発揮する。
また、82年に同誌別冊の形で創刊されたのが『レコード・コレクターズ』(ミュージック・マガジン)である。のちに独立して月刊化された同誌は、当初は50年代以前のポピュラー音楽を中心にあつかうマニア向けの内容だった。だが、80年代後半からは次第に60年代以降のロックを多くとりあげるようになり、今でいうクラシック・ロックのリイシューを特集する雑誌になっていった。
70年代後半に登場したパンクは、それ以前の世代のロックを商業化したとして否定した。パンク以後の時代のロックはニューウェイヴ、パンク以前はオールドウェイヴと呼ばれ、前者を支持する評論家、媒体が後者を全否定するごとき姿勢をみせることも珍しくなかった。そんなころに渋谷は、パンク後に発生したメタル・ルネサンスを否定したのだった。
しかし、82年にC Dという新メディアが登場し、旧来のアナログ・ディスクからの置き換えが進むなかで70年代以前のロックの再発や音源の発掘が盛んに行われた。それは、活動継続中のベテランの需要再発見にもつながった(『レコード・コレクターズ』の読者の層である)。このため、新鋭とベテラン(&旧作)が並行して聴かれる状態になり、特定の時代や世代に読者を限定しない総合的な洋楽雑誌の場合、表紙には若手と大御所が交互に登場する状態となった。それが90年代以後の洋楽雑誌では、現在進行形の新鋭と熟年か死者である大御所の時代差がどんどん開いていくようになる。
以上のとおり、80年代を回想すると、雑誌間の競争、ジャンル間のせめぎあいだけでなく、ミュージック・ビデオの流行、C Dの普及など、他メディアの動向が洋楽雑誌に大きく影響していたことに思いあたる。そういえば、F Mラジオで流れる音楽を録音(エアチェック)することが流行し、放送予定曲を載せたF M雑誌が隆盛だったのも80年代である。それは、インターネットが普及するはるか前の、洋楽をあつかう雑誌にとって幸福な時代だった。
■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。
■書籍情報
『80’s洋楽読本』
発売日:1月26日(月)
定価:本体1400円+税
発行:洋泉社
【インタビュー】
●石野卓球(電気グルーヴ)
●カジヒデキ
●片寄明人(GREAT3)
●Zeebra
●高木完
●西寺郷太(NONA REEVES)
●ハヤシ(POLYSICS)
●松武秀樹
●大根仁(映像ディレクター)
●小野島大(音楽評論家/元『NEWSWAVE』編集長)
●恩藏茂(元『FMステーション』編集長)
●東郷かおる子(元『ミュージック・ライフ』編集長)
●高橋芳朗(音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティ)
●平山善成(クリエイティブマンプロダクション)
【執筆者】
猪又孝
井上トシユキ
円堂都司昭
岡村詩野
小野島 大
北濱信哉
栗原裕一郎
さやわか
柴 那典
鈴木喜之
高岡洋詞
麦倉正樹
宗像明将
吉羽さおり
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