ISに囚われたベルギー人写真家が見た“地獄”―― 『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』
『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還 』(光文社新書)『ISの人質』(光文社新書)は、2013年5月からシリアで13カ月にわたって拘束された後、奇跡的に生還した、24歳のデンマーク人の写真家ダニエル・リュー氏の体験を元にした、ノンフィクションだ。
「ジェームズのばか野郎! 寂しいじゃないか! どうしてあんたが死ななきゃならないんだ?」
物語は、14年8月にISのイギリス人戦闘員ジハーディ・ジョンによって、のどをかき切られ、殺害されたアメリカ人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏の葬式へ向かう場面から始まる。ジハーディ・ジョンといえば、日本では、後藤健二さんを処刑した実行犯としても知られている人物だ。
12年11月から行方不明になっていたジェームズ氏は、アレッポの中心部から北東へ数キロ離れた、ISの支配下にあるシーク・ナジャールの収容所にいた。ダニエル氏は、別の収容所で過酷な拷問の末、13年10月に、その場へ連れて行かれた。ほどなくして、ジェームズ氏を含む、欧米人約10名が同じ部屋に収監され、およそ8カ月を共に過ごすことになった。
ダニエル氏は、ジェームズ氏に出会ってすぐに尊敬の念を抱いた。拘束されてから間もなく1年近くたち、これまでに地獄のような拷問も体験しているはず。にもかかわらず、冷静で落ち着いて、明るさを失っていなかった。正義感が強く、人質の間でケンカのもととなる、決して十分とはいえない食事を均等に分けてくれる。手足が長いせいか、部屋の中でよくつまずいたり、水のボトルに手を伸ばし、決まってほかのボトルまでドミノ倒しにしてしまう、おっちょこちょいなところもある。彼がいるだけで、部屋の雰囲気は明るくなった。
けれど、拘束期間が長くなってくると、残酷にも解放される予定のグループ、そして、解放されないグループに少しずつ分けられていった。国によって、政府の方針がまったく違うのだ。フランス人たちは、母国の政府は公式には認めていないものの、ISに身代金を支払い、一気に解放にされた。イタリアやスペインからも身代金が支払われそうで、解放が近いようだった。デンマーク政府は、身代金の支払いには一切応じないので、人質がどうなるのかは家族次第だった。その中で、アメリカは政府が身代金を払わないだけでなく、法律で家族が身代金を集めることすら認めず(15年夏に法律を修正)、絶望的だった――。
それでも、ジェームズ氏は、
「風向きがよくないのはわかっている。でも最後まで希望を捨ててはいけない」
そう言って、不安のあまりおどおどする、アメリカ人の仲間たちを励ました。
また、ダニエル氏を待つ家族は、どう過ごしていたかについても、細かく描かれている。ダニエル氏は、「もしも何かあったら」という最悪の場合を想定し、出発前に人質救出を専門とするコンサルタント会社社長のアートゥア氏(仮名)に連絡を取り、家族にもそのことを伝えていた。そのため、ダニエル氏が予定の飛行機で帰国しなかった時点で、家族は真っ先にアートゥア氏に連絡し、政府を挟まず、ISとの直接交渉が動き始めた。だが、IS側から突きつけられた身代金は、200万ユーロ(約2億7,000万円)。デンマークのヘデゴーという小さな村で暮らす家族には、途方もない金額だった。それをどう手配し、家族やアートゥア氏がどうやってISとやりとりをしていたのかも、本書の重要なストーリーとなっている。
この本は、気軽に読めるような本ではない。拘束に至る過程、拷問の方法、人質たちとの共同生活の様子から、身代金交渉〜解放に至るまで――ISの人質が置かれている過酷な状況の詳細が描かれた、超重量級の一冊に仕上がっている。非常に完成度の高い本だが、ダニエル氏が本当に伝えたかったのは、自分のことではなく、「戦火の中で暮らす人々」だ。シリアがいつか平和を取り戻し、戦火の日々ではなく、平和な日常生活の戻る時が来ると信じたい。
(文=上浦未来)●プク・ダムスゴー
1978年生まれ。アフガニスタンとパキスタンに長年住み、2011年よりDR(デンマーク放送協会)の中東特派員を務める。ジャーナリスト、ライターとして、いくつもの賞を受賞。