「映画音楽家」としてのくるり・岸田 繁 その手腕に寄せる期待

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【リアルサウンドより】

 現在発売中『MUSICA』5月号で『岸田 繁のまほろ劇伴音楽全集』のディスクレビューを担当したのだが、国外の映画音楽の趨勢に絡めて本作を論じようとしたその原稿が(短い枠だったということもあって)あまりにも言葉足らずだったので、ここで改めて本作が持つ意味と、未来の「映画音楽家」岸田 繁に寄せる期待について書いてみたい。

 コンテンポラリーなアメリカ映画をそれなりに熱心に追っている人ならば誰もが気づいているように、アメリカの映画音楽界(もちろん主題歌や挿入歌のことではなくスコア=劇伴のことだ)の見取り図はこの10年でガラリとその様相が変った。最も顕著なのは、ポピュラーミュージック出身の映画音楽家の台頭である。特にロックバンド出身のミュージシャンの活躍には目覚ましいものがあって、ざっと挙げていくと、ナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナー(『ゴーン・ガール』ほかデヴィッド・フィンチャー監督作品の近作すべて)、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッド(『インヒアレント・ヴァイス』ほかポール・トーマス・アンダーソン監督作品の近作すべて、『少年は残酷な弓を射る』など)、元レッド・ホット・チリペッパーズのクリフ・マルティネス(『ドライヴ』ほかニコラス・ウィンディング・レフン監督作品の近作すべて、『コンテイジョン』ほかスティーブン・ソダーバーグ監督作品多数、『スプリング・ブレイカーズ』など)、フェイス・ノー・モアのマイク・パットン(『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ』)、シガー・ロスのヨンシー(『幸せのキセキ』)などなど。また、ダンスミュージック/エレクトロニカ系ミュージシャンでは、デヴィッド・ホルムス (『エージェント・マロリー』ほかスティーブン・ソダーバーグ監督作品多数、『ハンガー』など)、ジャンキーXL(『マッドマックス 怒りのデス・ロード』など)、M83(『オブリビオン』など)らが継続的に大作映画のスコアを手がけている。ちなみに、ここまでカッコ内に作品名を挙げているのは秀作ばかり。あまりうまくいかなかった例、ダフト・パンク(『トロン:レガシー』)やケミカル・ブラザーズ(『ハンナ』)のように試しに1作だけやってみた例まで挙げていけばキリがない。

 もちろん60〜70年代まで遡れば、ミシェル・ルグラン、ラロ・シフリン、クインシー・ジョーンズ、ハービー・ハンコックといったジャズ界出身のミュージシャンが映画音楽の世界で多くの名スコアを残しているが、基本的にインストゥルメンタル・ミュージックでオーケストラとの親和性も高いジャズとロック/ダンスミュージックではその意味合いも音楽的飛距離も異なる。一番大きな要因としてはやはり70年代生まれ以降の監督が大きな作品を任されるようになってきたことにあると思うが、作品のスコアをポピュラーミュージック系のミュージシャンが手がけるというのはもはや特別なトピックではなく、完全に常態化してきたと言っていいだろう。個人的にも、スコアが良かったという理由だけでその作品を好きになるようなことはないものの、思い入れの強い作品に限ってそのスコアをやっているのが実は昔から馴染みのあるミュージシャンだった、という経験は近年何度も繰り返してきたことだ。

 もちろん、日本でも過去に多くのポピュラーミュージック出身の音楽家が映画音楽の世界に参入してきた。冨田勲や坂本龍一はその音楽的なバックグラウンドも功績も別格として、有名なところでは細野晴臣、鈴木慶一、宇崎竜童、佐久間正英、大友良英、中田ヤスタカなどなど。しかし、日本のロックバンド出身で、なおかつ継続的に映画音楽を手がけてきたミュージシャンとなると途端に前例が少なくなる。

 本作『岸田 繁のまほろ劇伴音楽全集』は、2011年4月に公開された『まほろ駅前多田便利軒』と2014年10月に公開されたその続編『まほろ駅前狂騒曲』のために岸田 繁が手がけた全57曲に及ぶ楽曲を収録した作品。岸田 繁にとって個人名義での映画音楽の仕事はこれが初めてとなるが、くるりとして2003年に『ジョゼと虎と魚たち』、『リアリズムの宿』、2011年に『奇跡』のスコアも手がけているので、これで(主題歌のみを提供したものを除いて)5作品の映画音楽に関わったことになる。

 大半が1分以下の小品であるその楽曲群は、鳴っている音からしてギター一本、ピアノ一本、バンドサウンド、生の管楽器や弦楽器、アナログシンセ、打ち込みと多岐にわたっていて、音楽性もフォーク/ロック/クラシック/エスニックを自由自在に横断するもの。尺自体はどれもミニマルではあるが、さすがあの名作『ワルツを踊れ』をものにした男、時折ハッとするほどシンフォニックな管弦楽曲が飛び出してくるなど、映画音楽家としてのポテンシャルの底知れなさを伺わせる作品となっている。「くるりの音楽を構成しているパーツをバラバラにしたらこんな作品になる」と言えばわかりやすいかもしれないが、実際のところはこれまでくるりの音楽には使われてこなかったようなパーツもゴロゴロ転がっていて、何よりもそこに興奮を覚える(ご存知の方も多いだろうが、『まほろ』シリーズはテレビドラマ版も製作されていて、そちらの作品では坂本慎太郎がスコアを手がけている。当然のようにまったく音楽的趣向が異なるので、聴き比べてみるのも一興だろう)。

 自分が本作を聴いて思い出したのは、まだジョニー・グリーンウッドの映画音楽家としての才能を発見する前にポール・トーマス・アンダーソンがタッグを組んでいたジョン・オブライオンの作品、特に『まほろ』シリーズ同様にオフビートなコメディ作品である『パンチドランク・ラブ』のスコアだ。ちなみにジョン・オブライオンは80年代後半に人気を博したバンド、ティル・チューズデイの元ギタリスト。その後もエイミー・マン、ルーファス・ウェインライト、フィオナ・アップルなどの作品のプロデューサーとして活躍し、現在もコンスタントに映画音楽を手がけている。昨年のリアルサウンドでのインタビュー(くるりの傑作『THE PIER』はいかにして誕生したか?「曲そのものが自分たちを引っ張っていってくれる」)でもポール・トーマス・アンダーソン作品への愛着を語っていた岸田 繁だが、もしかしたら本作の音楽を制作する際にも、その念頭にはジョン・オブライオンの仕事があったのかもしれない。

 これはあくまでも平均値の話だが、自分は常々、アメリカ映画(≒ハリウッド映画)のクオリティと日本映画、いや、日本映画に限らずアメリカ以外の国で製作された映画のクオリティを分かつ最重要課題の一つに、スコアのクオリティの違いがあると思っている。特に21世紀に入ってから、機材や音楽関連ソフトの発達とともにそれなりのオーケストラ・サウンドが誰にでも作れるようになったことでスコアの平準化が進んだことと、劇場のドルビーデジタル化によって飛躍的にダイナミックレンジが広がったことで、映画においてスコアが果たす役割は大きく変わってきた。映画界からの「よりユニークなものを」「より重低音の効いたものを」という要請が、先に述べたようなロック/ダンスミュージック出身ミュージシャンを呼び込む要因の一つにもなっているに違いない(それらの新しいスタンダードは、80年代から第一線で活躍していた専業映画音楽家の作風の変化にも如実に表れている)。本作『岸田 繁のまほろ劇伴音楽全集』は、少なくとも(本編の作品世界を壊さない範囲で)「よりユニークなものを」という21世紀映画界における要請に、決して奇をてらうことなく真っ当に応える作品となっている。もちろん、現在の岸田 繁にとってくるりの活動が本筋であるのは承知しているが、10年後、20年後の日本映画界を見据えた上で、岸田 繁の映画音楽仕事にはこれからも熱心に耳を傾けていきたい。(宇野維正)

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