人生をやり直したのは「普通」に生きたかったから、もうやり直したくないのは今が幸せだから/『カルテット』第九話レビュー

 TBS火曜ドラマ『カルテット』、いよいよ佳境です。夢が叶わなかった30代男女4人、真紀(松たか子)、すずめ(満島ひかり)、愉高(高橋一生)、司(松田龍平)が“偶然”出会って軽井沢の別荘で共同生活を送りながら弦楽四重奏を組むところからこのドラマははじまりましたが、“嘘つきは大人のはじまり”。4人はそれぞれ“嘘”や“秘密”を抱えており、全員、真紀を狙って(それぞれ違う意味で)わざわざ出会ったのでした。ひとつひとつの謎が毎回明かされ、張り巡らされた伏線を回収しまくってここまで来ましたが、第八話ラストで最大の謎が投下され、もう視聴者は大混乱、一週間脳内カオス状態だったのではないでしょうか。

 二話で司、三話ですずめ、四話で愉高と、彼らの嘘・秘密・過去が徐々に明かされていき、やがて真紀の夫さんで失踪中だった幹生(宮藤官九郎)も姿を現し、紆余曲折を経て離婚に至ったのが前々回。前回は、“全員、片想い”として「愉高→すずめ→司→真紀」の好き好き光線(今となっては死語でしょうか。使用するの小学生以来です……)模様が繰り広げられ、もうみんながみんな片想い過ぎて、切なくて切なくて……、高橋一生に萌えキュン♡でした。

 が、ラストシーンで怒涛の展開、衝撃事実が。真紀の元義母・鏡子の元に富山県警の刑事・大菅直木(大倉孝二)と船村仙一(木下政治)がやって来て、“真紀は真紀じゃない、本物の真紀は別にいる”ことを告げたものだから、もうまさかの「まさか」。ってことは、“最後の嘘つき”は、真紀……。

真紀が「普通の主婦」になりたかった理由

 そして迎えた最終章・前編こと第九話。真紀の嘘が発覚するきっかけとなったのは、富山で自転車泥棒を働き、捕まった女(篠原ゆき子)が、14年前、闇金絡みの業者に戸籍を売っていと警察に明かしたこと。女は戸籍の売買が罪になると思い込み、住民票を取らず、ツタヤのカードも作れず生きてきましたが、大菅刑事曰く「戸籍って他人に売っても罪にならない」そうです。へぇ……。無知って怖いですね。とはいえ、戸籍売買を行っていた業者には捜査が入り、14年前に、女・早乙女真紀の戸籍を購入したのが、カルテットの真紀だった、と。冒頭、別荘のシーンで愉高が「ホッチキスはステープラー、バンドエイドは絆創膏、ニモはカクレクマノミ。本当の名前を言って」と(いつもの面倒くささで)メンバーに熱弁を奮いますが、では、真紀の本当の名前は。

 大菅刑事が鏡子に語った真紀の生い立ちは、こうでした。

「本名は山本彰子(やまもと・あきこ)、富山市出身。10歳の時に母を事故で亡くし、その後、母親の再婚相手である義理の父親に預けられた。その父親から日常的な暴力を受け、家出を繰り返すものの連れ戻されていた。平成15年12月19日、現金300万円で戸籍を購入し、それ以来姿を消した」

 14年前、平成15年(2003年)に戸籍を買ったのであれば、真紀は当時23歳です。また、亡くなった母・山本みずえ(坂本美雨!)は、元は売れない演歌歌手で『上り坂下り坂ま坂』というタイトルの曲を発表していました。真紀が時々、口ずさんでいる不思議な曲はこれだったんですね。

 そして警察は、真紀が義父の暴力から逃げるために戸籍を買った、とは思っておらず、別の疑いを抱いている様子です。真紀が姿を消したのと同じ頃、義父は心不全で亡くなっているのです。警察は、真紀に殺人容疑をかけている、ということでしょうか。鏡子からこの話を聞かされた幹生(現在コンビニ強盗の罪で拘留中)は、信じられない様子でした。真紀からは結婚の際、「子どもの頃に父親は病気で、母親は事故で死んでいる」と聞いていたようです。

 回想、というか鏡子が警察から聞いたことを元に幹生に語った内容が、幼き日の真紀(山本彰子)母子の風景として映し出されます。右手にヴァイオリンケース、左手に楽譜を抱えた10歳の真紀(彰子)は、母・みずえと連れ立って富山の田舎道を歩いていました。長い髪をお嬢様結びしてピンクのコートに身を包み、赤い靴を履いた真紀と、上品な装いの母(およそ演歌歌手らしさは皆無)。田舎の風景が似合わない母娘です。2人が風に飛ばされた楽譜を拾っているところに、下り坂を降りてきた中学生の少年(12)の漕ぐ自転車が衝突……。真紀をかばった母は亡くなり、遺された真紀は、義父(母の元再婚相手)に預けられます。

 自転車事故の被害者遺族である真紀には加害者家族より賠償金が支払われ、その額、2億円。弟の誕生を心待ちにしていた加害者の少年は、産院に駆けつける途中にこの事故を起こし、結果、家族は家と職を失い、少年が弟と暮らすことはできなくなり……それでも被害者遺族である真紀の家族、すなわち義父は12年間に渡って賠償金を請求し続けました。12年間というのは、つまり、真紀が失踪する前までということ。義父は賠償金で真紀をバイオリン教室や大学に通わせました。その一方で、真紀の顔には痣ができていることもあったそうです。このお話がどこまで事実か、誤解をどれくらい含んでいるのか、まだ油断はできませんけど。

 幹生は、真紀は義父が加害者遺族に賠償金を請求するのをやめさせたくて、戸籍を買って失踪したのではないかと推測、「俺の知ってる真紀ちゃんはそういう人ですよ」と刑事に食ってかかります。話しながら結婚生活での真紀の様子を思い出し、幹生はハッと気が付くのでした。自分は彼女に特別さを求めていたけれど、真紀は普通の人になって生きたかったのだということに。真紀は幹生と結婚して名前が<巻真紀>になることを望み、ときめきよりも安らぎある「家族」を求め、ヴァイオリンを続けることよりも専業主婦になって「家庭」を守ることに固執していましたが、その理由が今になって腑に落ちたのでしょう。他人の名を騙ることで生き延びた真紀は、早く普通の人になりたかった、表に出るより家庭という裏方に回って安心したかったのだ、と。

 確かに真紀の過去、つまり結婚以前の生活についてはずっと明かされなかったし、上品で育ちのよさそうな女性として描かれていることから、てっきり東京か、あるいは神奈川、埼玉あたりのそれなりに裕福な家庭に育って、ヴァイオリンを習い、音大に進み、プロになったんだとばかり(賠償金で真紀が進んだ大学は音大なんでしょうか)。偽名で生きている人って、世間をはばかりながらひっそり暮らすイメージがありますが、真紀は失踪後もヴァイオリンを続け、楽譜の出版社でバイトするなど比較的大胆に行動しています。ネットやSNSが普及した現在、いつ自分の正体が発覚してもおかしくありません。だからカルテットを組んで表舞台に立つことを拒まなかったことも、視聴者としては不思議なのですが……真紀は内心びくびくしながらも、心のどこかで覚悟を決めていたのでしょうか。

女同士の嘘なき信頼関係

 何も知らないカルテットの4人は、いつものように食卓を囲み和やかに過ごしています。前回の全員片想い問題は、おそらくそのまま放置された感じなのでしょうね。目下の悩みは、現在暮らしている別荘(司の祖父所有)の売却問題。司から打ち明けられて他3人は、それぞれ自活しながらカルテットを続けるとの考えを示しますが、司は「そっち(バイトなど)が本業になっちゃう」と断固反対。「飢え死上等、孤独死上等じゃないですか。僕たちの名前は、カルテットドーナツホールですよ。穴がなかったらドーナツじゃありません。僕はみなさんのちゃんとしていないところが好きなんです。たとえ世界中から責められたとしても、僕は全力でみんなを甘やかしますから」「少し時間ください。この別荘は僕が守りますから」と力説、説得。司は幼少時から「きちんとしようよ」と周囲を諭し続けてきた自分が音楽家として大成せず、「きちんとして」いなかった周囲の子どもたちが世界に羽ばたいていきました。カルテットのメンバーと出会ってその「ちゃんとしていないところ」に魅力を感じるにつれ、自分自身も杓子定規な生き方を変えようと決意したのですね。

 あるとき、すずめは真紀に「ずっと東京でしょ?」と問いかけ、真紀は「うん」と答えたものの目を逸らしました。それに気付かず、真紀のことが大好きなすずめは、もしかしたら昔、たとえば真紀が中学生で自分が小学生の頃地下鉄ですれ違っていたのかもしれない、もっと早く出会っていればと残念がります。

すずめ「周りは嘘ばっかりだったから。自分も。どっか遠くに行きたいなあっていっつも思ってて、真紀さんみたいに嘘がない人と出会ってたら、子どもの頃も楽しかったかな」

 そんなすずめに、真紀は子ども時代の思い出として、家から少し離れた場所にある廃船で一晩中星を見ていたことを話します。

真紀「そこにいるとね、そのままわぁって浮き上がって星を渡る船になって、どっか遠くに行けそうな気がしてた」
「(軽井沢にたどり着いた現在は)あ~ここに来たかったんだなぁって、今はね思う。もう十分」

 しかし、ようやくたどり着いた安住の地に真紀は長くはいられません。土砂降り雨の夜、大菅刑事らが来訪。真紀に任意同行を求めます。「何かの間違いじゃないですか」と事態を呑み込めないすずめとは対照的に、真紀は冷静に応対、任意同行は明日のノクターンでの演奏後になりました。もちろん、そんなのは外面で実際は、突如訪れた幸せの終わりに、真紀は激しく動揺。部屋にこもって、爪を噛んだり、服を投げつけたり……その取り乱しぶりに、二話で自分に告白してきた司に「捨てられた女舐めんなよ!」と怒りを露わにしていた姿を思い出しました。手に入れたと思っていた幸せが自分の手からするりと落ちていく瞬間や、それを思い出した時の真紀はとても激しいのです。

 真紀は観念し、メンバーに懺悔します。「私昔、悪いことをしたから、それが今日返ってきたんです」と。

真紀「ごめんなさい。私、早乙女真紀じゃないです。嘘ついてたんです。私嘘だったんです。本名は別です。別にあります。14年前、戸籍を買いました。戸籍買って逃げて東京へ来ました。それからずっと早乙女です。偽、早乙女真紀です。成りすましてました。幸い、幸いずっとバレなくて、調子乗って結婚しました。名前貰ってしれーっとしてずーっと騙してました。みなさんのことも騙しました。カルテットなんかはじめちゃって、仲よくしたふりして……、私嘘だったんですよぉ。見つかったので、明日の演奏終わったら警察行ってきます。もうお終いです。お世話になりましたね。本当の私は……、私は……、私は……」

 声を絞り出すように過去を打ち明けようとする真紀を、すずめは「真紀さん、もういい」「いい、いい、いい、いい」と必死にかばいます。真紀が昔誰だったかなんてすっごくどうでもいいのだと訴え、さらに「人を好きになることって絶対裏切らないから。知ってるよ真紀さんがみんなのこと好きなことくらい。絶対それは、嘘なはずないよ。だってこぼれてたもん」と、自分たち4人の関係は紛れもない“本当”であるのだと伝えるすずめ。

すずめ「好きになった時、人って過去から前に進む。私は、真紀さんが好き。今信じてほしいか、信じてほしくないかそれだけ言って?」
真紀「信じてほしい……!」

 4人は最後の夜を楽しみます。映画を見たり、ドミノ倒しをやったり、小学生がするようなじゃんけんゲームをしたり。愉高はこんなことを言いました。「人生やり直すスイッチがあったら、押す人間と押さない人間。僕は、もう押しません。みんなと出会ったから」。地獄と称する結婚生活を送っていた頃は「子どもに戻りたい」と思っていた愉高ですが、今は違うようです。この手のセリフって、一歩間違えば陳腐というか、たとえば先日怒涛の最終回を迎えた『奪い愛、冬』(テレビ朝日系)で同じ台詞があっても「さむいわぁ」と思っちゃいそうですが、『カルテット』だと人生に“穴”を抱えた4人がそれぞれ自分の人生を受け入れはじめたんだな……と肯定的に捉えられました。

 翌日の夜。ライブレストラン「ノクターン」にて、カルテットドーナツホールの週末だけの定期演奏会が開かれました。客席には刑事たちの姿があります。最後の曲は「モルダウ」。「モルダウ」は、第一話、結成したばかりのカルテットドーナツホールが「ノクターン」にて初演奏した時にも演奏されていた曲で、弦楽器初心者である役者たちにとって難易度の高い楽曲だそうです。初回では、謎だらけで腹に一物ありそうな4人の演奏する姿がひとりずつ映し出され、彼ら彼女らの心にはどんな思いが交錯しているのだろう、と考え込んでしまったものです。

 終演し、真紀はいよいよ行かなくてはなりません。あくまでいつも通り、明日の朝のパンがないから買って帰らなきゃとか、シャンプーの買い置きとか、普通の生活の話をしたい彼ら。でも、真紀はこのあと一緒に別荘に帰ることは出来ないのです。

 真紀は一人ずつ、言葉をかけます。愉高には「私も、人生やり直しスイッチはもう押さないと思います」。司には「あの日カラオケボックスで会えたのはやっぱり運命だったんじゃないかな」。そして、真紀をもっとも慕っていたすずめには(司がいるので、そう言っていいのかわかりませんが)、ヴァイオリンケースを託します。真紀の誕生日は、8月10日ではなく、本当は6月1日。「(ヴァイオリンと)一緒に待ってるね」と応じるところがすずめらしい。けれど真紀が行ってしまうと、すずめは泣き崩れるしかありませんでした。

 真紀は富山県警の車に乗り込み、大菅刑事らとともに軽井沢を去っていきました。真紀ともっと早くに出会っていれば……とすずめは言っていましたが、真紀もまた、もっと早くにすずめと出会っていればと思いを馳せているようで、前回の“全員、片想い”をも超える切なさ、やりきれなさが、第九話にはありました。というか、前回すずめが「好きな人(司)の好きな人(真紀)のことも私は好き」って言っていたのが、今回より一層説得性を帯びたような。困難の多い子ども時代を過ごし、大人になってからも過去から逃れられなかった孤独な女である真紀とすずめは、嘘を介しながらも、“嘘のない信頼関係”を芽生えさせていました。正直、最初はここまで女性2人の絆がクローズアップされるとは思っていなかったです。真紀不在の食卓で、残されたカルテットメンバー3人が、すずめの作った夕食を食べるシーンをもって、第九話は終了しました。

 来週はいよいよ最終回。真紀、すずめ、愉高、司。4人のこの先の人生はどこへ向かっていくのでしょう。これまで散々視聴者をびっくりさせてきた『カルテット』ですので、やっぱり最後の最後の最後まで見当がつかないし、目が離せません。

 ちなみに「ノクターン」の目が笑っていないアルバイト店員・有朱(吉岡里帆)は、お店をクビになりました。シェフの大二郎(富澤たけし)に色時掛けするも全く効果ナシで(愛人になってカネをせびろうとしたのでしょう)、現場を大二郎の妻・多可美(八木亜希子)に見られたのに悪びれない有朱、でも当たり前に即日解雇です。別れ際、「不思議の国に連れてっちゃうぞぉ~(2回繰り返し)、有朱でした、バイバイ♡」と元地下アイドルらしい決めポーズで去っていった有朱ちゃん、もちろん目は笑っていませんでした。この子は最終回にも出てくるんでしょうか。

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