芸能人が体験した“在日差別”の実態を今こそ知れ! 松田優作、都はるみの苦悩、伊原剛志、玉山鉄二の勇気

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朴一『僕たちのヒーローはみんな在日だった』(講談社)


【本と雑誌のニュースサイトリテラより】

 今月4日、自民党が法務部会などの合同会議を開き、ようやくヘイトスピーチ対策法案を了承。公明党との調整を経て、近く国会に提出するとの報道がなされた。

 しかし、その一方で、ヘイトスピーチや在日外国人への差別はまったく勢いを失っていない。

 ネトウヨたちは相変わらず、ことあるごとに「チョンは日本から出て行け」などと下劣な差別的言辞を撒き散らし、ありもしない「在日特権」なるものをがなりたてている。

 いったい彼らは在日韓国人、朝鮮人がこの70年間、どんな苛酷な差別を受け、どう自分の出自に苦悩してきたかを知っているのだろうか。

 そうした差別の現実を、芸能人やスポーツ選手にフォーカスをあてることで描いたのが、大阪市立大学大学院経済学部教授・朴一氏による『僕たちのヒーローはみんな在日だった』(講談社)だ。

 同書には、力道山をはじめ、自らの出自が明らかになることに怯え、苦悩していた在日の著名人が何人も登場する。

 カリスマ俳優、松田優作もそのひとりだ。以前、当サイトでも紹介したことがあるが、松田優作の前妻で、作家の松田美智子氏が死の直後に出版した『永遠の挑発 松田優作との21年』(リム出版新社)、そして2008年同書に加筆する形で出版した手記『越境者 松田優作』(新潮社)でその詳細を記述しており、朴氏もそれを引く形で、松田優作の苦悩を記述している。

 松田優作は1949年に下関で生まれた。母のかね子は、朝鮮半島からやってきた在日コリアン一世で、優作は母が36歳の時に不倫した相手との間にできた子だった。

 彼の父親は優作が生まれる前に姿を消し、かね子は駄菓子や雑貨を売るよろず屋を営んでいたが、それだけで家族を養っていくことは難しく、店の二階を娼婦に貸し出し、上がりの一部を受け取って家計の足しにしていたという。

 このような複雑な生い立ちを抱えていた優作だが、家が女郎屋で劣悪な生活環境にあったことはインタビューでも隠すことなく語っていたものの、自分が金優作という名をもつ韓国籍の在日コリアンだということはかたくなに隠し通していた。それは、「松田は朝鮮人だから付き合うな」などと言われた学生時代の経験から、貧乏だった過去はファンから受け入れられても、生い立ちに関しては受け入れてもらえないだろうという確信があったからだと朴氏は指摘している。

 生い立ちを知られたら周囲の人々は自分のもとから去っていってしまう──。その強迫観念は、役者としての活動のみならず、私生活でも優作の心を縛っていく。

 60年代後半、文学座に入団し、本格的に演技の勉強を始めたころ、後に最初の妻となる松田美智子と同棲生活を始めるのだが、朴氏は松田美智子の著書から、その時に告げられた衝撃的な一言を紹介している。

「本当のことを知れば、お前は俺から逃げていく。絶対に逃げる」

 優作は美智子に自分が在日コリアンであることを告げていなかった。自分の恋人に生まれを明かすことができない。それほど差別意識の強い時代だったのだ。美智子が男と同棲していることを知った彼女の親族による身上調査の結果、後に美智子は優作の過去を知ることになるが、だからといって優作との関係を終わらせることもなく、同棲生活は続いていった。

 その後、優作はスターへの階段を順調に昇っていく。そんななか、『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)に出演するようになったとき、優作は美智子に「どうしても、帰化したい。協力してくれ」と頼み込んできたという。それまでも帰化申請を行ったことはあったが、母親が風俗関係の仕事をしていたことなどが問題で受け付けてもらったことはなかった。だが、美智子の家の養子となる道を選べば日本国籍を取得できるかもしれない、彼はそう考えたのだった。俳優として活動し続けるためには、在日であるというルーツを捨てることがその時代どうしても必要だった。少なくとも、彼はそう考えていた。

 帰化に際しては膨大な資料を用意しなければならないのだが、そのなかでも彼が最も力を入れて書いた「帰化動機書」を読めば、その当時の差別意識の強さ、そして、その差別に優作がどれだけ追いつめられていたかがよく分かると朴氏は指摘する。

〈僕は今年の七月から日本テレビの『太陽にほえろ!』という人気番組にレギュラーで出演しています。視聴者は子供から大人までと幅広く、家族で楽しめる番組です。僕を応援してくれる人たちも沢山できました。現在は松田優作という通称名を使っているので、番組の関係者にも知られていませんが、もし、僕が在日韓国人であることがわかったら、みなさんが、失望すると思います。特に子供たちは夢を裏切られた気持ちになるでしょう〉(『永遠の挑発 松田優作との21年』より)

 このように、日本にはびこる差別に悩んだのは松田優作だけではない。『僕たちのヒーローはみんな在日だった』では、歌手の都はるみもそのひとりだとして、彼女の苦悩に満ちた芸能生活が紹介されている。

 都はるみは、48年に在日韓国人の父と日本人の母との間で生まれているが、69年11月に発売された「週刊平凡」(平凡出版)で母の北村松代が娘の出生についてカミングアウト。「朝鮮人と結婚したため、若いときからひどい差別と蔑視を受けてきた。世間を見返すためにどうしても娘を人気歌手に育てねば」と語った。この記事は思った以上の大きな反響を呼び、このまま発言を続けると歌手としての娘のキャリアが絶たれてしまうと判断した母はそれ以降取材をすべて断っている。また、都はるみ本人も、そのことについて口を開くことはなかった。

 そうしてこの話題はいったん沈静化したものの、当時はまだまだ差別意識の色濃い時代で、カミングアウトから7年後の76年に都はるみが「北の宿から」でレコード大賞を受賞したとき、〈都はるみの父は日本人ではない。そんな人が賞を取っていいのか〉(産業経済新聞社「週刊サンケイ」76年12月9日号)といったバッシングがメディア上で展開されるなど、都はるみはその歌手人生を通じて差別意識に苦しめられることになる。

 70年代以降の演劇を大きく変えた劇作家のつかこうへいも差別意識に苦しめられた著名人だ。朴氏の著書では、韓国出身の父のもとで在日コリアン二世として福岡で生まれ育った彼が後に生い立ちを語った言葉から、差別がつか作品に与えた影響を分析している。

「僕は表向き、差別なんてされたことはないよ、と言うことにしてるんですが、実際はかなりありました。特に福岡県の場合、あのころは韓国が『李承晩ライン』というのを設定してそれを越えた日本の漁船をどんどん拿捕していたころですし、筑波炭坑の坑夫たちは気も荒かったですから、かなり激しい差別がありました。拿捕のニュースが新聞に出た日などは、学校に行きたくないと思った程です」(アプロツーワン「アプロ21」97年1月号)

 そんな少年期の思いが、『蒲田行進曲』のヤスなど、後のつかこうへい作品に社会的弱者のキャラクターが多く登場することにつながっていく。実際、彼はこのようにも発言している。

「常に社会の底辺のところで頑張って生きている人に生きがいをもってもらいたい、光を当てて励ましたい」(同上)

 こうした著名人たちの体験を読めば、当時の在日韓国人、北朝鮮人がいかに苛烈な差別にさらされ、そのことに苦悩してきたかがよくわかるだろう。

 もっとも、こうした空気は90年代後半に入ると、少し薄らいだようにも思える。朴氏も、ほぼ同時期、自分の生まれに関して負い目や苦しさを感じることはなく、むしろ、そのことに誇りをもつ世代が登場してきたと指摘している。

 たとえば、俳優の伊原剛志がそうだ。彼は2001年に『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演した際、自分は在日韓国人三世として生まれたことを明かした。さらに、翌年には『日韓友好スペシャル 日本と韓国・愛と哀しみの衝撃実話』(日本テレビ系)という番組に出演。青年時代を過ごした大阪市生野区の在日コリアン居住区を旅し、番組のなかで自分の家族やルーツについて振り返ったのだった。

 松田優作らが差別に苦しんだ時代では考えられなかった仕事だが、この番組に出演した後、伊原はこう語る。

「私にとって、自分が何人ということよりも、役者だということのほうが大事なんです。役者は、自分がどういう存在かを知っていないと成り立たないと思う。だから日本人も韓国人も客観的に見れる自分の立場というのは、役者をやるのにかえっていいことだと思っていますよ」(「毎日新聞」02年3月24日付)

 俳優の玉山鉄二も同じく自らの出自にプライドをもっている芸能人だ。彼は06年にソウルで開催されたメガボックス日本映画祭に出席し、父親が韓国人であることを明かした。彼は「機会があれば韓国で活動したい」と話すなど、日本と韓国の映画界の橋渡しの役割を担っていく意向も語っている。

 こうした在日の著名人たちの勇気あるカミングアウトもあって、一時はそのまま差別はなくなっていくように見えた。

 しかし、本稿冒頭でも記したように、その後、時代を逆行するように差別意識は急激な高まりを見せる。朴氏の著書ではこのような揺り戻しについて指摘されていないが、もしもいま、伊原や玉山のようなカミングアウトを行えば、その時点でネトウヨによる罵詈雑言の餌食となり、芸能人としての人気も危ういものとなるだろう。

 嫌韓ブーム、在特会やネット右翼によるヘイトスピーチ、安倍政権発足後の日本全体を覆う排外主義的空気によって、いまや、力道山や松田優作が自分の出自が明かされることに恐怖し、苦しんだ時代にまで戻ってしまっている。

 我々はもう一度、差別がいかに残酷で人を追いつめるかということを学び直すべきではないのだろうか。
(井川健二)

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