集団強姦被害に遭い上京して20歳で社長と結婚した女性の“非・プリンセスストーリー”『私は絶対許さない』

 レイプ被害者の手記を、あなたはどう読むか。好奇心で読むか、同情心で読むか。怖いと思うか、気の毒に思うか。自分には関係ないか、自分かもしれないか。集団レイプ被害に遭った女性が、35歳までの人生を記した書『私は絶対許さない 15歳で集団レイプされた少女が風俗嬢になり、さらに看護師になった理由』(雪村葉子/ブックマン社)を読んで、私は震えた。一人の人間を徹底的に壊してしまう強姦という最低最悪の犯罪に、家族にも見捨てられた著者が自分の足で立とうともがく姿に。

 編集部によるまえがきには、レイプされた女性の人生がその後どのように狂っていくか、どれほどの深い傷を心に刻み込むものかを赤裸々に綴ったこの手記によって、非道な性犯罪がこの世からなくなることを願う、とある。

 セカンドレイプという言葉もあるように、性犯罪被害者は、命こそ助かったものの心身ボロボロの状態にもかかわらず、“その後”も辱めを受けることが少なくない。だからこそ、たとえ被害にあったとしても「言えない」被害者が多いのだ。被害を告発したりこうやって手記を出版したとしても、「エロ」として消費されたりもする。そもそも日本では、若い女性は生きているだけで「エロいもの」扱いだ(他方、老いれば一気に汚物扱いだが)。

 だが著者の雪村さんは、そんなことは承知の上だと思う。「この手記がエロとして消費されても構わない。だがこれだけは忘れるな、私はお前を許さない」。強烈なメッセージが、読後もずっと残り続けるからだ。

◎誰も助けてくれない

 1980年生まれの葉子は、東北の山奥で育った。農家の娘で五人兄弟、家の建物は立派だったが経済的に比較的貧乏で、両親は子供たちに対して横暴かつ暴力的に振る舞う人たちだった。子どもたちは毎朝、玄関や廊下を雑巾で水拭きするなど掃除をし、季節ごとに田んぼや畑仕事の手伝いをする生活。どれだけ昔のことだろう、と思う人もいるかもしれないが、80~90年代の話だ。葉子の父親は「贅沢を覚えると女は堕落する。女なんてものは、将来どんな男と一緒になるかわからないのだから、どうなっても困らないよう質素に育てないといけないんだ」と言い、葉子におもちゃや洋服を買い与えることはなかった。

 1995年、中学三年生の正月、高校受験を控えた葉子は冬休みにもかかわらず入試対策の補修を受けていた。帰路、一面の雪景色の中、無人駅のベンチに座り、母親が軽トラで迎えに来てくれるのを待っていた。するとそこへ、近所で有名などうしようもない不良男たちの乗った車がやって来て、一人の男がいきなり彼女に近寄り、顔を平手で殴打した。倒れた彼女は強引に車に押し込まれた。また顔を殴られ、複数の男たちに強い力で乳房を揉まれたり口淫を強要されたりの暴力を受け続けながら、どこかへ運ばれた。そこは一人の不良男の自宅(実家)らしく、いわゆる田舎の豪邸。その一部屋で、葉子は鼻血を流しながら、朝まで五人の男たちから暴力的に犯され続けた。翌朝、酒に酔った男たちが眠っている隙に葉子は逃げ出し、ぼろぼろの姿で自宅へ帰った。

 葉子の両親は、烈火のごとく怒った。娘をレイプし、顔も体も傷だらけにした男たちにではなく、「連絡なしに外泊して、レイプされて戻ってきた娘に」である。葉子の母は昨日、葉子が連れ去られた駅へ軽トラで迎えにいく途中、吹雪のせいで脱輪したのだと愚痴り、「母親になんていう仕打ちをするんだい」と理不尽な言いがかりをつける。父親は帰宅した葉子を「この不良娘が!」と張り倒す。この家の中に、葉子の安息はなかった。『自分の子どもを完全に「所有物」と見なしていて、(中略)娘に人間としての感情があることなど、想像すらしたことがないようだった』(p.31)。

 一刻も早くそんな家から逃げ出したいが、15歳の葉子にはその術、具体的にはお金がなかった。しかし偶然にも葉子が大金を得るチャンスが巡ってくる。レイプから数日後、刺青のびっしり入った糖尿病の中年ヤクザに売買春を持ちかけられ、葉子は応じる。売春契約の際、葉子は『セックスなんて、最低だ。最低なことをさせてあげる代わりに私はお金をもらうのだ』(p.65)と、経済と若い肉体の誠実な等価交換を理解する。男は勃起しなかったが、若い葉子の肉体にきっちり毎回お金を払い続けた。関係は3年継続し、高校を卒業する頃には400万円を手にしていた。それを元手に、彼女は大学進学し、東京に出た。

 「レイプされた女」「ヤリマン女」という噂が地域で立っていた葉子には、高校生活で友達もできず、事件の後遺症で過食嘔吐や自傷行為も癖になっていて完全にぼろぼろだった。それでも実家にい続けるよりはよほどマシなはずだと希望を持って、彼女は東京に向かったのだった。そして上京後、スカウトされて「おっぱいキャバクラ」で働き出す。「ちょうどアルバイトを探しているところだった」から。

 ここで「えっ、何で?」と思う読者もいるだろう。ひょっとしたら、売春契約うんぬんの時点で違和感を覚えた人もいるかもしれない。おぞましいレイプ被害に遭って、男を憎んでいるはずなのに、どうして男(しかもEDだけどヤクザ)と密室で 二人きりになれたり、男性客しか来ないセクキャバで働こうと思ったりするのか? さらに、「おっぱいキャバクラ」はそれなりに面倒なお客との駆け引き(つまり、アフターでセックスまで持ち込めるか否か)があるため、それをしなくていい風俗で「働いてもいいかな」と考えた葉子は、店舗型ヘルス(挿入はしない。フェラチオや素股で射精に導く)へ面接に行き、働き出す。こうしたストーリーを追いながら読者は、葉子に男性嫌悪やフラッシュバックはないのかと、疑問に思うのではないか。

「15歳で集団強姦に遭ったのなら、普通は男性嫌悪になるだろう。自ら風俗嬢になるなんて、この娘の人間性に問題があるのでは?」

 出来事だけを聞いて、そんなふうに思ったとしたら、それは誤りだ。葉子の男性嫌悪は、少しも変化していない。そもそもセックスしているからといって、女が男を愛しているわけではない。もっと言えば、フェラチオしているからといって、男を嫌悪していないわけでもない。

 風俗以外にも東京にアルバイト先がたくさんあることは事実だ。ただ葉子は大学の学費も東京での生活費も自分で稼がなければならなかった。「月3万円」の約束だった親からの仕送りはすぐ滞った。でも。それにしても、である。他の選択肢は? たとえば、「卒業してもろくな仕事にありつけそうにない三流大学」を辞めて(=学費分を稼ぐ必要がなくなる)、水商売でない仕事をするとか。でもそうしたところで、それが風俗バイトの日々よりもマシなのかどうか、さっぱりわからないのも確かだった。より高額を稼げる可能性があるぶん、風俗バイトのほうがマシなのかもしれないし、心身が疲弊していくのはどんな働き方をしても同じかもしれない。

 本書に解説を寄せている精神科医の和田秀樹は、『葉子さんの体験した、一見不可解な世界は、トラウマの精神医学の立場から言うと、むしろ腑に落ちるものばかり』だという。反復強迫といって、「たとえばレイプをされた人がレイプされそうな場所に再び出かけていくなど、自らトラウマを招くような行為をすることがある」からで、「最近の学説では、トラウマの際に、その苦しみを和らげるために脳内麻薬が出るのだが、その依存症状態になって、さらにトラウマを求めるのではないかという考えもある」。

◎結婚で帳消しになる過去などない

 葉子は20歳の若さで、求婚してくれた40歳の会社経営者と結婚する。おっぱいキャバクラで出会った男性で、とても穏やかで知的で、葉子を包み込んでくれるような人だと思った。でっぷりと太ったガマガエルのような男だし、輪姦された過去を打ち明けた葉子に「レイプしたくなるほど魅力的な女の子だったってことだろう」と言ってのける馬鹿野郎だし、彼女に高層マンションで着せ替え人形のような暮らしを強いる人でもあったが。そして生活できるギリギリの金額しか葉子に渡さず、ストッキング一枚新調するのも「夫自身の財布から現金を出し、目の前で購入」するのでなければ認めなかった。倹約家なのではなく、彼女を徹底的にコントロールしたかったためである。

 その夫によって、葉子はついにオーガズムを覚えることになるが、そのことについてこう綴っている。

『私はペニスというペニスを、「お金になる棒」として十代後半を過ごした。でもこれからは、「私が気持ちよくなる棒」「一瞬でもすべてを忘却できる魔法の棒」として使っていくまでなの。そうこれだって! これだって充分に男たちへの復讐なの』(p.162)

 彼女は復讐を忘れてはいなかった。

 これがプリンセス物語ならば、お金持ちの男の人に見初められて結婚した葉子は、愛し愛されて末永く幸せに暮らしました、めでたしめでたし。レイプで負った傷も癒えて、子供たちに手を焼きながらも素敵なお母さんをやっています。なんて展開していくのかもしれない。だが誰の人生だって、たった20歳で「めでたしめでたし」の結末を迎えるはずがない。

 大学を卒業して数年、専業主婦になっていた葉子は、検索したいことがあったため夫のパソコンを立ち上げた。すると、夫が「お気に入り」登録しているアダルトサイトが開いた。それは幼女の写真が目いっぱい掲載されているロリコン向けサイトだった。これをきっかけに、葉子は重度のうつ病にかかった。床に伏せる日々が続くが、夫は仕事と趣味のツーリングなどで家をあける。そのくせ、彼女をどんどん太らせようとしているのか、大量のケーキやピザを買ってきて食べさせたりもしていた。妻が社会性を失い、家の中に閉じこもらざるを得ないことが、夫はうれしくて仕方がないようだったという。

 結婚とは何なのか。大半の人間は、幸せになりたくてその決断をするが、では結婚によって得られる幸せと、結婚しない人生で得られるはずだった幸せ、どちらのほうが上だったか。検証することはできない。葉子にとっても、がまがえるとの結婚が不幸を招いた側面もあるし、一方でより深く彼女を傷つける外界からの防御シェルターとして機能した側面もあっただろう。まともな親も友人も持たない葉子を、唯一、この夫だけが守ろうとしたことは間違いない。この手記を出版した2015年末現在も、夫婦は離婚せず暮らしている。

 葉子は28歳で看護学校を受験し、夫を説得して東北の学校に進学、一人暮らしをしながら看護を学ぶ。そして、平日昼間は学生/放課後は風俗バイト/週末は東京へ帰り夫婦で過ごす生活を送った。翻って現在。35歳になった彼女は、東京で看護師として働きながら、SM嬢としても仕事をする。自宅では勃起力の弱まった50代の夫の妻として、炊事や洗濯をする。仕事が休みの日には、セックスフレンドとの性行為を楽しむ。しかし葉子のポリシーは、「どんな相手とセックスするときでも、お金をいただくことは忘れない」。

『嘘は決して女の専売特許ではない。男というものは、相手に対して何の責任を取る気もないくせに、セックスをするためならば、「愛している」「好きで好きで仕方ない」などと平気で耳触りのいい嘘をつくのだから』(p.222)

 見知らぬ男たちや親から徹底的な暴力に晒され、ロリコン夫に束縛され、風俗の客たちの身勝手さにうんざりしてきた葉子が、男を信じることはないだろう。

 看護師としてそれなりの給与を得、会社経営者の夫を持ち、セフレとの逢瀬も重ねる彼女は、傍からは“ヤリ手の女”に見えるかもしれない。あるいは性に貪欲で、金にも強欲な女として映るだろうか。今の彼女を、裕福な男に愛されて結婚し、手に職も持ち、セックスも楽しめるようになったのだから、「立派に回復してるじゃないか、もうレイプのことなんて忘れなよ!」と見る向きもあろう。

 再び、精神科医・和田秀樹の解説から引用すると、現在の彼女の様子は『その傷が癒えているわけでも、完治したわけでもない』。理不尽な性暴力を受けた15歳の元日から、心を殺したまま生きている。因果応報の言葉通り、非道な性犯罪を犯した5人の男たちが不幸に苦しみながら死んでいくことを信じて。

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 性犯罪被害者であり、地方の貧困家庭の娘であり、毒親の子供であり、風俗嬢であり、看護師である35歳のひとりの女性・雪村葉子の半生は、異世界の出来事ではない。「知らない、知りたくない」で遠ざけてはならない、直視すべき一冊ではないだろうか。

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