筆者が働いている大阪・中津の「シカク」という書店で、あるイベントのチラシを目にした。表には暗い月夜に羽ばたく毒々しい「蛾」。裏を見ると「蛾売りおじさん個展」とあり、開催日や会場の案内が記されている。どうやら「蛾売りおじさん」という人物の個展案内らしい。そして、そこにはこんな一文が。
「蛾売りおじさんは、蛾の刺繍ブローチや絵画作品を制作しています。蛾の印象向上に努めて参ります」
「蛾の印象向上」に努めているというところにただならぬ迫力を感じて調べてみると、ご本人のTwitterアカウントが見つかった。そこには驚くほど精巧に蛾を模した作品の数々が画像付きで紹介されていて、目を引かれつつ、直視するのが怖いほどだった。おそらく大多数の人と同じく、私は蛾が苦手である……。
とはいえ、「蛾売りおじさん」とはいったいどんな人物なのか、気になって仕方がない。そこで、思い切って話を聞いてみることにした。ちなみに「おじさん」と名乗ってはいても、ご本人は20代後半の女性である!
――いつ頃から「蛾売りおじさん」として活動しているのですか?
蛾売りおじさん(以下、おじさん) 4年前のことです。友人にプレゼントするため、蛾ブローチを作ったのがきっかけでした。蛾と布の相性がとてもよく、自分で言うのもなんですが、とてもかわいらしいものができたんです! その友人の勧めもあって、当時通っていた大学の学祭で売ろうということになり、制作を始めました。
――なぜ「蛾売りおじさん」なのですか?
おじさん 数年前に、ヒゲにハマっていた時期がありまして……。『世界ヒゲ選手権』という大会で、世界各国の、ヒゲにとてつもなく深いこだわりを持った人たちの姿を見たのがきっかけでした。その影響で、イベント参加時に付けヒゲをしたいと思いまして、その理由付けとして、おじさんを名乗ることになったんです。
――なるほど、ヒゲありきの「おじさん」だったんですね。それにしても、「蛾ブローチ」の羽の模様はすごく精巧にできていますが、これはどのように作られているのでしょうか?
おじさん ひと針ひと針、手刺繍で制作しています。本物の蛾も、透明の翅を土台に鱗粉が一粒一粒乗っかって、、あの精巧で美しい模様を作っているんですが、鱗粉を糸に置き換えるようなイメージで制作しています。
――そもそも、蛾に魅入られるきっかけって、なんだったんですか?
おじさん もともとは芋虫好きだったのですが、ある時、大きめの蛾に出会って、そのモフモフとした胴体、黒くてクリクリとした瞳、うさ耳のような櫛形触覚、高級絨毯のような美しい翅……! そのすべてに、一目惚れのごとくぞっこんに惚れ込んでしまいました。インターネットや図鑑などで調べていくと、ますます興味が湧き、明かりに集まる蛾を求めて、夜中のコンビニ巡りを始めました。住んでいたところが山に近いこともあり、写真で見てアイドルのように感じていた方たちにぞくぞくと出会うことができて、より一層のめり込んでいきました。
――蛾を目当てに、夜のコンビニに来ている人がいるとは思いませんでした! 私は蛾が苦手なのですが、同じ意見の人が多いかと思います。そんな世の中をどう思われますか?
おじさん 蝶が苦手という人はあまりいないのに、蛾が苦手という人が多いことを不思議に思っています。おそらく、よく知らないことが一番の要因だと思います。「毒がありそう……」とか「鱗粉をまき散らす」など、ネガティブな印象をよく聞きます。でも、実際のところ毒を持っている方はほんの一握りで、ほとんどの方に毒はありません。また、蝶に比べて蛾に鱗粉が多いのは夜に活動するからで、夜は昼に比べて温度が低いため、熱を逃がさないようにしているのだと思います。寒い日に、毛皮のコートをまとうようなものではないでしょうか。予想外のほうに飛んでくるのを怖がる人もいるようですが、実際は飛ぶのがへたっぴな「どじっこさん」なんです。
――蛾のことを「どじっこさん」と思って見たことがなかったので、新鮮です。蝶より蛾のほうがお好きなのですか?
おじさん 蝶も好きですが、蛾のほうに、より魅力を感じます。蛾は日本だけでも6,000種以上いるといわれるくらい、種類が豊富です。蝶は250種類ほどで、むしろ蛾の種類の中に蝶が入っているようなものです。種類が多いこともあって、身近で出会う可能性が高いのも魅力のひとつだと思っています。しかも、蛾は飛ぶのが苦手なためか、一度止まるとじーっとしていまして、観察したい放題なのもいいです。
――どうしても、蛾をじっと観察するのに、まだ抵抗が……。「蛾売りおじさん」の作品を購入されるのは、蛾が大好きな人ばかりですか?
おじさん どちらもいらっしゃいます。蛾がお好きな人はこだわりどころをわかっていただける人が多いですし、実物は苦手でも、制作物としてなら平気だとおっしゃる人もいらっしゃいます。作品をきっかけに、本物の蛾に対しても愛着を感じてくださる人もいらっしゃって、そのような報告を聞くと大変うれしく感じます。
――最近、イチ押しの蛾はいたりしますか?
おじさん 個展のDMにも起用しているのですが、「イボタガ」という方をとても特別に思っています。シックなブラウンを基調とした複雑で精巧な模様は大変美しく、初めてお会いした日を忘れることができません……。最近気になっている方は「フユシャク」の仲間です。冬は虫が少なくなるシーズンですが、蛾にはシーズンオフはありません。冬には冬の蛾がいるのです! ぽってりとしたおなかが大変愛らしい方なんです。これからシーズンなので、お会いできるとうれしいです。
――「蛾売りおじさん」としての目標や夢などは、ありますでしょうか?
おじさん 負のイメージを持たれがちな方たちですが、知ってみると、とても魅力的で素敵な方々です。少しでも、蛾の良さを知っていただけるきっかけを作れたならうれしいです。蛾の印象が向上するよう励んで参ります。たくさんの種類がいるので、一種類でも多くの方を作れたらいいなぁと思います。
※中央の「猫蛾」は蛾売りおじさんの創作蛾
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蛾売りおじさんは、蛾のことを「愛らしい方」と呼ぶ。「繊細に織られたマントに毛皮の首巻きや手袋をまとっている蛾のデザインは、まるで紳士淑女のようなのです。高貴な方々のように感じてしまい、なんだか呼び捨てできないんです」と語るところからも、その愛の強さがうかがえる。蛾売りおじさんの個展情報をTwitterの公式アカウントやブログでチェックして、蛾嫌いを克服しに行ってみませんか!
(文=スズキナオ http://roujin.pico2culture.jp/)
蛾売りおじさん – Twitter
https://twitter.com/higenogauri>
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