森喜朗が”独唱”を”斉唱”と取り違え五輪代表に「国歌を歌え」! でも政権とネトウヨに怯えるマスコミは一切批判せず
ニコニコ動画「森喜朗チャンネル」より 【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 また、森喜朗元首相のトンデモ発言が物議をかもしている。昨日3日に行われたリオデジャネイロ五輪代表選手…
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【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
アダルトVRフェスタ公式ページより「VR(バーチャルリアリティ)元年」と呼ばれて久しい今年2016年。10月に予定されているPlayStation VRの発売までも残り数カ月となり、VRが本格的に我々の生活に入り込んでくる日もいよいよ近づいてきた。それにともない、メディアでも取り上げられる機会が激増。5月31日放送『クローズアップ現代+』(NHK)をはじめ、多くのメディアで特集されるようになっている。
そんなVR熱の高まりを受けてか、あるVR製品の見本市が、来場客を集め過ぎてしまったがために中止に追いこまれるという騒ぎまで起きた。
その見本市とは、6月12日に開催された「アダルトVRフェスタ」。タイトル通り、18禁のアダルトVR製品に特化した見本市である。秋葉原で行われたこのイベントには、一般来場者入場時間の14時の時点で会場前の歩行者天国が歩行困難になるほど人が押し寄せてしまい、15時前にはイベントの中止を余儀なくされてしまった。主催者は今回の反省を踏まえ、8月にもっと大きい会場でもう一度「アダルトVRフェスタ」開催し直す予定だと発表している。
VHSをお茶の間に普及させた大きな要因は、当時のアダルトビデオの人気にあったわけだが、それと同じように、注目度は高いもののまだまだ認知されていないVR技術が一般家庭に広がるのには、アダルト方面でのVR技術の発達が欠かせないといわれている。
ヘッドマウントディスプレイを装着し、専用の動画を流すと、その動画内で起きていることがまるで現実に起きているかのように錯覚してしまう──VRの技術の肝はここにあるわけだが、アダルト系のVRコンテンツにおいて、より期待されているのが「VR+1D」という技術だ。
「1D」とは、ビデオの映像に様々な周辺機器を連動させるシステムのこと。この技術を用いると、映画やゲームのアクションシーンに合わせてソファなどを動かし、より臨場感を増した映像体験ができるようになる。映画館で導入されている「4D」のようなものだと言えば分かりやすいだろうか。
これを、主観もののAVやエロゲーのVR映像と同期させれば、映像に出演している相手と本当にイチャついているような錯覚を味わうことができる。具体的には、映像の動きに合わせてオナホールが動いて疑似フェラや疑似手コキを楽しむなどの応用が考えられる。そういった技術はすでに実現段階にまで来ており、「アダルトVRフェスタ」でも、映像連動型のオナホール「MAIKO-DOS」「A10 CYCLONE SA」といったものが出展されていた。また、胸に貼り付けると動画に連動してバイブレーターが乳首を責めてくれる、チクニー用のパッド「U.F.O. SA」といった変わり種まである。
そんななかでも、ひと際注目を集めていたのが、「なないちゃんとあそぼ」というゲームだ。「なないちゃんとあそぼ」は空気で膨らませた人型のバルーンにスマートフォンをくくりつけ、その風船を性行為のようにピストンして遊ぶ。ヘッドマウントディスプレイには全裸になった美少女ゲームのキャラクターが映し出されているのだが、バルーンにくくりつけたスマートフォンがセンサーの役割を果たしており、風船の体位を変えればそれに合わせて映像内のキャラの体位が変わったり、ピストンに合わせておっぱいが揺れたりと、かなり高次元で疑似セックス体験を可能にしているという。
しかし、ここまで没入感が強く、リアルなセックスを疑似体験できるコンテンツが普及してしまったら、ただでさえ少子化・若者のセックス離れが叫ばれる最中、さらにその傾向が進行してしまうのではないだろうか?
「SPA!」2016年6月28日・7月5日号(扶桑社)で、セクシュアリティ・ジェンダーの問題に詳しい、京都教育大学の関口久志教授はこう警鐘を鳴らしている。
「障害や医療、介護の面でロボットが登場するのは望ましいこと。ただ、人間の性欲を満たすことを手助けするために、過度にテクノロジーが採用されるのは危険ではないでしょうか」
「日本性教育協会の統計を見ると、今の若者のデート率やセックス率は下降傾向にある。男性を中心に“性の不活性化”が起こっているんです。その背景には、経済的な格差が密接に関係していると分析されていますが、もし安価かつ手軽に、また刺激的に性を満たせるテクノロジーが普及すれば、ますます対人間コミュニケーションが減ってしまいます」当のアダルトVR製作の担い手たちも、もちろん関口教授が危惧しているような状況は認識している。いや、むしろ、だからこそVR技術の開発に力を入れているのだ。日本アダルトVR推進機構の吉田健人氏は、ウェブサイト『電ファミニコゲーマー』のインタビューでこのように語っている。彼らが目指しているのは、まさに生身の人間とのセックスを「オワコン」化させることなのである。
「真面目な話をすると、世の中は異性とのやりとりやデートへの誘いなど、性交に対するコストが高いと思うんです」
「いまの段階では没入感が軸になっていますが、今後アダルトVRの研究が進めば、インタラクティブに映像とコミュニケーションが取れるようになっていくと思います。
そうなると現実の代わりができるようになると思っているんです」
「近いうちに、性行為は完全にバーチャルでするものとなり、概念も変わっていっていると思いますね。
むしろ変えていくことを活動目標としていますので、期待していてほしいです」ただ、このインタビューのなかで吉田氏も「デバイスやコンテンツが出揃っていません」と語っているのだが、現状ではアダルトVRの開発は進んでいるとは言い難い面がある。
「週刊プレイボーイ」(集英社)16年7月4日号で、VRゴーグルの開発も手がける家電メーカーの社員は、アダルトVRコンテンツの前に立ちふさがる障壁をこのように語っている。
「現在、VR関連に最も力を入れているのはGoogle、Facebookなどエロご法度のグローバル企業です。なのでアダルトとの連携はありえません。だからこそ、DMMのような体力がありアダルトにも強い企業に頑張ってもらいたいですね」
前述「なないちゃんとあそぼ」も、「アダルトVRフェスタ」以前にVR関係の見本市に出展していたときは、空気人形をピストンするとビームが撃てるシューティングゲームという形に偽装していたそうだが、それでも多方面から強い批判を浴びたという。
そんな事情もあり、アダルト系VRコンテンツ開発には大きい障壁があるのだが、それでもDMMはすでにアダルトVR動画の配信をスタート済み。今後も、各メーカーと連携して作品を増やしていく予定だという。
日本国内における「おとなのおもちゃ」メーカーといえば、まずはTENGAが思い浮かぶが、もちろんTENGAもこういった最新技術の導入に向けた開発は行っているものの、その商品化ということを考えると、なかなか艱難辛苦があるようだ。株式会社TENGA取締役、広報宣伝担当の松浦隆氏はこう語っている。
「新しい技術が出てくると、どう商品に絡めるかという部分ばかりが強調されます。ただ、本当に重要なのは、新技術が導入された製品をユーザーが満足し、認めてくれるかどうか。また、価格の問題もあります。今、巷で騒がれている商品が、ユーザーに認められるレベルで実現するには、まだまだ時間と研究が必要になるのでは」(前述「SPA!」)
今日明日ですぐにアダルトVRが我々の日常に溶け込むということはなかなか難しそうだが、アダルトVRが一般化されれば、我々の性意識は根本から覆されてしまう、ということは間違いなさそうだ。
(田中 教)「来場者殺到で見本市中止「アダルトVR」の斬新すぎる技術とは? オナホやチクニー用パッドとの同期で本物に近い体験も」の続きを読む
【リアルサウンドより】
オンラインストリーミングサービスを提供するNetflixが、オリジナル映画『デスノート』のクラインクインを、現地時間6月30日に開始したことを発表した。
大場つぐみと小畑健による原作コミックは、ある男子高校生が、“このノートに名前を書かれた人間は死ぬ”と書かれた1冊の“デスノート”を手に入れたことから、そのノートを利用して生きる価値がないと思う人間たちを殺していく模様を描く。Netflixオリジナル映画『デスノート』は、『ザ・ゲスト』『サプライズ』のアダム・ウィンガード監督がメガホンを取り、カナダとアメリカで撮影が行われる。
『きっと、星のせいじゃない。』のナット・ウルフがライト・ターナー役、『LEFTOVERS/残された世界』のマーガレット・クアリーがミサに当たるミア・サットン役、『ストレイト・アウタ・コンプトン』のキース・スタンフィールドがL役、『グレート・レイド 史上最大の作戦』のポール・ナカウチがワタリ役、『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街』のシェー・ウィガムが総一郎に当たるジェイムズ・ターナー役をそれぞれ演じる。
プロデューサーには、『ラン・オールナイト』のロイ・リー、『シャーロック・ホームズ』のダン・リン、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のジェイソン・ホッフスに加え、『HEROES/ヒーローズ』のヒロ・ナカムラ役で知られるマシ・オカが名を連ねている。
メガホンを取ったウィンガード監督は、「今回、このような素晴らしい俳優陣と組むことができて光栄に思います。原作者である大場つぐみさんと小畑健さんのオリジナリティあふれるストーリーを、全世界に届けられることを楽しみにしています」と、完成への期待を語った。
また、プロデューサーのロイ・リーとダン・リンも、「私たちは『デスノート』の原作漫画ファンのために、この魅力的なストーリーをぜひ映画にしたい、そしてこのダークでミステリアスな傑作を世界に紹介したい、そう願い続けてきました。今回、多様性に富んだ才能あるキャスト、脚本、製作チームが集結したことで、我々が目指すストーリーコンセプト、すなわち“正義とは何か”という全世界共通のテーマを、忠実に描くことができると考えています」と、自信を覗かせたコメントを寄せている。
なお、Netflixオリジナル映画『デスノート』は、2017年にNetflixにて全世界ストリーミングが開始される。
■配信情報
Netflixオリジナル映画『デスノート』
2017年、Netflixにて全世界ストリーミング開始
監督:アダム・ウィンガード
製作総指揮:ミリ・ユーン、ジョナサン・イーリッチ、ジョン・パワーズ・ミドルトン、ブレンダン・ファーガソン
製作:ロイ・リー 、ダン・リン、ジェイソン・ホッフス、マシ・オカ
出演:ナット・ウルフ、マーガレット・クアリー、キース・スタンフィールド、ポール・ナカウチ、シェー・ウィガム
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
太田プロダクションホームページより元俳優の高知東生の覚せい剤逮捕を受け、6月30日に会見を開き「本当にすみませんでした」と謝罪した妻で女優の高島礼子。だが、この会見をめぐって、 ちょっとした議論が巻き起こっている。それは“夫の犯罪に妻が謝罪する必要があるのか”という問題だ。
7月1日放映の『バイキング』(フジテレビ)でも配偶者の責任、謝罪会見の是非が俎上にのぼった。ジャーナリストの江川紹子がゲストとして登場し、謝罪会見にこんな問題提起を行ったのだ。
「彼女は被害者じゃないですか、どっちかっていうと。家族がこういう風になって混乱してるところに、引っ張り出されていろいろ問われるということ自体が、見ていて気の毒でしょうがない」
「こんな公開の場で言わなきゃいけないような、そういうのを言わないと自分の立つ瀬がないような雰囲気、空気っていうのが、イヤだなと思うんです。犯罪を犯したひとの家族ってそうでなくても苦しんでる人が多いんですね。今回の場合は被害者がいないので、その分ちょっとちがうかもしれないですけど、家族が犯罪を犯したことで白い目で見られたり、仕事に支障をきたしたり、そういうことが、わたしは絶対おかしいと思うんですよね」ところが、これに対しスタジオのほとんどが江川に反発の声を上げた。その筆頭が梅沢富美男。梅沢は、高島夫妻が芸能人なんだから謝るのは当然だとしてこう声を荒らげた。
「芸能人っていうのはそういうもんなんだよ! だから、重いって言ってんの!(覚せい剤を)やめりゃいいって、更正できるだろうなんてそんな甘いもんじゃない! 一般人だって、薬やったら会社クビだよ」
「俺だって、もしも俺の女房が覚せい剤で捕まったとするよ、そしたら、俺だって、(会見)やんなきゃいけない、しゃべんなきゃいけない」司会の坂上忍も同様に「自分が同じ立場になったとき、やっぱり責任ゼロはないんだなって思う。梅沢さんもおっしゃってるように、やっぱり芸能人イコール公人、準公人だから、ゼロとは言えない」と妻は謝罪をすべきだと主張。
さらに、東国原英夫にいたっては、妻の謝罪が日本の伝統だという珍理論を展開した。
「それは日本のいい慣習。ケースはちがうけど、乙武さんが不祥事起こしたときに、奥さんが『私にも責任があった』と、そのとき僕は、この奥さん立派だなあと思ったんですね。伝統的ないい面での慣習だと僕は思う」
唯一、江川に賛同したのはパネラーでは渡辺えり。渡辺は「別人格だって思わないと、殺人犯の奥さんもおわびしなくちゃいけない、みたいなそういう感じになっちゃう」「旦那さんが15歳だったら責任あると思う。けど、51歳でしょ。だったら、自分で責任とって」と語ったが、しかし、それも坂上や土田から「では旦那さんに何かあっても謝らないのか」などと猛反発された。
こうしたスタジオの空気に対し、江川はこう反論している。
「芸能人の行動は、報道されたり注目されたりするわけですから。それが当たり前みたいな、スタンダードになってしまう可能性がある。わたしは、それがすごく気になる。芸能人がこういうことしたからっていうんじゃなくて、連帯責任を求めるような社会の風潮がちがうんじゃないかと」
だが、こうした江川の主張はまったく相手にされず、番組は完全に「妻も謝罪すべき」という結論のまま、終わってしまった。
しかし、高島礼子は本当に梅沢や坂上、東国原の言うように謝罪しなければならないのか。たしかに、高島夫妻は揃って芸能界で活動するカップルだった。しかもおしどり夫婦としてこれまで多くのメディアに登場し、夫婦でドラマ共演を果たすなどある意味プライバシーを売りにしてきた芸能カップルでもある。
しかしそれでも夫が犯罪を犯したからといって芸能人妻が公開謝罪するのが“美徳”だなんていう論理はちゃんちゃらおかしい。覚せい剤で逮捕されたのはあくまで高島の夫であり、高島ではない。家族が犯罪を犯せば連帯責任を負わされ、公開謝罪させられ、仕事さえ奪われるというのはまるで封建社会ではないか。
しかも、一番懸念されるのは、江川も主張していたように、芸能人たちが家族の犯罪や不祥事に対して謝罪を繰り返せば、“家族の連帯責任”なるものが一般化されスタンダードになり、芸能人だけではなく一般市民にまで波及する危険性があることだ。
いや実際、“家族に対する連帯責任主義“は既に現実となって現れている。その最たる例が2004年に起きたイラク人質事件と14年から15年にかけてのイスラム国人質殺害事件だろう。
この際人質になったジャーナリストやボランティアなどの人質家族に対し、日本国中が「迷惑をかけたことをあやまれ」などと謝罪要求やバッシングまで巻き起こっている。彼らは人質になった被害者であり犯罪者でもなんでもないにもかかわらず、だ。
また乙武洋匡の不倫騒動の際も妻の謝罪が“美談”として大きく賛美されたのもそうした風潮、認識からだった。
こうした背景には芸能マスコミによる“弱者の生け贄”を求める傾向だけでなく、過剰な家族・夫婦に対しての道徳主義が存在する。
そもそも夫婦関係は性と生殖を国家が管理しするために作りだされたシステムにすぎない。しかもこの“家族”とやらをことさら強調しているのが他ならぬ安倍政権だ。自民党による憲法改正草案24条には“家族”を強調するこんな追加条項がある。
「家族は、社会の自然かつ基本的な単位として、尊重される。家族は、お互いに助け合わなければならない」
憲法にわざわざ“お互い助け合う”などと義務として明記しているのは、本来、国が担うべき社会保障を家族に押しつけるのと同時に、家族に連帯責任を負わせることで、個人の自由を奪おうとするものだ。当然、その先には安倍政権が狙う戦前回帰、家族を戦争協力の基本単位として再構築するという目的がある。
こうした政府の姿勢に、ベッキー騒動でも明らかになったような道徳ファシズムが加わり、今、犯罪や不祥事が起きたら、家族に対して「謝罪せよ」と声高に叫ぶ風潮がどんどんエスカレートしているのだ。今回、高知が義父の介護をしていないことも批判材料とされているが、これにしても「介護は家族がするべき」という規範意識がベースになっている。
今回、テレビ各局は高島の謝罪会見をトップ扱いで長時間にわたり取り上げた。さらに辛辣なはずのコメンテーターたちも高島が謝罪したことやその態度を手放しで絶讃している。
もともと連帯責任、家族の責任論が好きな日本社会とメディアだが、その傾向は恐ろしいほどに加速している。
(伊勢崎馨)
【リアルサウンドより】
7月16日より公開される北村有起哉主演映画『太陽の蓋』が、第40回モントリオール世界映画祭「Focus On World Cinema」部門に正式出品されることが決定した。
本作は、東日本大震災〜福島原発事故が起きた3月11日から激動の5日間を描いたジャーナリスティック・エンターテインメント。原発事故の真相を追う新聞記者や当時菅直人政権であった官邸内ともに、東京や福島で暮らす市井の人々の姿を対比させて描き出す。ドラマ『マジすか学園』(テレビ東京系)、映画『JUNK STORY』の佐藤太監督がメガホンを取り、キャストには、主演の北村をはじめ、袴田吉彦、中村ゆり、郭智博、大西信満、神尾佑、青山草太、菅原大吉、三田村邦彦らが名を連ねる。
モントリオール世界映画祭はカナダ最古の国際映画祭のひとつで、トロント国際映画祭と並ぶ北米最大規模の映画祭。出品が決まった「Focus on World Cinema」部門は、世界の注目すべき映画に焦点を絞った部門だ。出品が決まった理由については、日本国内でタブーとされている問題に真っ向から取り組んだこと、偏ったメッセージを押し出すような作品ではなく質の高いことが評価されたことと、現地メディアは伝えている。佐藤監督と主演の北村からはコメントが寄せられている。
なお、第40回モントリオール世界映画祭は、8月25日から9月5日にかけて、カナダ・ケベック州モントリールにて開催される。
3・11東日本大震災における原発事故によって起きた“あの時”をあえて俯瞰しながら撮らせてもらいました。日本人はもちろん、海外の方々がこの映画を観た時、どのような印象を受けるのかと
撮影中から今に至るまで考え続けています。権威あるモントリオール世界映画祭で上映されることにより『太陽の蓋』が少しでも多くの方へ届く事を切望しています。
原発の問題や関心を抱えている国はもちろん世界中にあります。ですから今回、世界的に有名なモントリオール映画祭に参加できることは非常に嬉しく光栄に思ってます。1人でも多くの方々に見ていただきたい。そして僕もモントリオールでの上映を一緒に味わえればと願っております。
■公開情報
『太陽の蓋』
7月16日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
出演:北村有起哉、袴田吉彦、中村ゆり、郭智博、大西信満、神尾佑、青山草太、菅原大吉、三田村邦彦
監督:佐藤太
脚本:長谷川隆
130分/カラー/DCP/Vista Size/surrounds
(c)「太陽の蓋」プロジェクト/ Tachibana Tamiyoshi
公式サイト:www.taiyounofuta.com
森林原人『偏差値78のAV男優が考える セックス幸福論』(講談社)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
中学受験で、麻布、栄光学園、筑波大学附属駒場、ラ・サールすべてに合格して、筑駒に進学。そんな「神童」と呼ばれそうな経歴をもちながら、AV男優になったという、にわかには信じられない人生を歩んでいる男がいる。
現在、トップ男優のひとりとしていろいろな作品にひっぱりだこの森林原人。彼が書き下ろした初めての単著『偏差値78のAV男優が考える セックス幸福論』(講談社)が話題だ。
超進学校からAV男優へ──数奇な運命をたどって男優になり、17年のキャリアのなかで8000人と延べ1万回以上のセックスをしてきた彼にとって、セックスとはいったい何なのか? 森林は本のなかでこのように綴っている。
〈僕の中では、セックスに興味がない人は、人そのものに興味がない人で、寂しい人です。本人はもちろん寂しいだなんて思っていないでしょうが、僕が寂しくなります。寂しい人がいることが寂しい。やっぱり人は本能的に、根源的に、誰かとつながりたいと思うものだと確信しているし、そこに性、セックスがあるのだと僕は伝えたいのです〉
〈性欲とは、生殖につながるものでもありますが、一方では、人間が根源的に持つ孤独への不安を解消するためのもので、温もりへの飢えだと思います。性欲は悪者でもなんでもないのです〉
5桁にも達する女性(時には男性)とセックスしてきた森林が達した結論は、「セックスとは人と人の『つながり』である」という、ある種普遍的なものであった。そんな境地に達するまで、彼はどんな男優人生を歩んできたのか。彼は自分の人生と「性」の関係をこうまとめている。
〈男優という特殊な職業に就いていること以外はドラマチックな人生ではないけれど(中略)僕もやっぱり性に付きまとわれ、振り回され、向き合うことで生きる意味を知るようになれたんだと思うのです〉
彼は自分自身について、〈日々の生活におけるセックスの優先順位の高さは、執着に近く、中毒かもしれません。セックスのために死のうとは思わないけど、セックスがなかったら生きてる意味がないと思っています〉と自己分析しているが、彼の心のなかで「性」がそれほど大きな存在感を占めるようになったのは、中学時代の挫折がきっかけであった。
麻布、栄光、筑駒、ラ・サールすべてに合格するほどだから、小学校時代の森林は当然勉強において負け知らずだったわけだが、筑駒に入り、彼は見事に高く伸びたその鼻をへし折られることになる。
〈僕が努力してきた時間が無駄と思えるほど圧倒的な頭脳の存在を知らされたのです。勉強もたいしてせず、いとも簡単に合格した奴らが何人もいて、そいつらは、塾にも行かず、親に教わっただけとか、一を聞いただけで十も百もわかってしまうような頭で、天才としか言い表せられません〉
〈全国模試で一ケタ代の順位しか獲らない奴や、数学オリンピックで金メダルを獲る奴、ラジオ英会話を聞くだけで英検一級になっちゃう奴。そんな奴らと学力で張り合おうとは、とてもじゃないけど思えませんでした〉
プライドをへし折られ、アイデンティティが崩壊した彼は、勉強の他に何か心の拠り所となるものを探す。それが「エロ」だった。
〈僕の性的知識と、そういったものに対する欲求の強さ、行動力は一目置かれるものでした。僕は初体験を済ませていたわけではありませんが、どこでもチンポを出し、勃起させ、エロ本を数多く所有していたので、エロのジャンルにおいては学年トップでした。一般的なイメージ通り、筑駒の中一は信じられないほど性的に未熟だったので、ライバルはほとんどいませんでした。それにエロのいいところは、どれだけ頭のいい奴にも等しく難解なところです。理性や思考で解決できることじゃないから、経験や行動力がモノを言います。となると、エロが僕の肩書きになっていくのは自然な流れでした〉
せっかく苦労して筑駒に入ったのに、そんな現実逃避をしてしまうのは他人の目から見ればもったいない気がしなくもないが、こうして「エロ」を拠り所にすることで、彼はそれなりに楽しい青春を送ることができたようだ。もし彼に「エロ」がなかったら、劣等感や猜疑心に苛まれ、つらい思春期を送ることになっていたかもしれない。
〈物心ついた僕にとって、性は、救いで、逃げ場だったのです。”性”なんてかしこまった言い方をされるものじゃなく、下品で下世話で面白い”エロ”でしかなかったけど、エロも性の一部だとしたら、僕はやっぱり、性に救われたってことになるんだと思います〉
しかし、お小遣いはすべてエロ本に費やし「歩く有害図書」というあだ名がつくほどだった彼は、勉強の面では当然のごとくドロップアウト。東大に行って当たり前という環境のなか、大学受験にも失敗することになる。そして、どこか破れかぶれな気持ちで応募したAV男優のバイトから今にいたるキャリアをスタートさせることになるのだった。
AV男優としてのスキルを磨き、監督、メーカーのスタッフ、女優など仕事仲間からどんどん認められていくようになった彼の心からは、いつしか、多感な時期にプライドをズタズタにされ、超進学校のなかで溜め込んだ鬱屈とした思いはどこかへ消えていく。
〈ちょっと生まれる時代がずれていたら社会に居場所はなかった気がします。捕まるまでいかないにしても、こうも生き生きとした人生を送ることはなかったでしょう。だから、AV業界には感謝の気持ちでいっぱいですし、心から、AV男優という仕事があって良かったと思っています〉
〈僕は人一倍コンプレックスの塊です。そのコンプレックスの種をどうにかしたいと思い、整形をしようかとか、いっそいなくなってしまいたいとか、いろんな方向でいろいろと考え悩みました。(中略)そんな僕が、セックスで相手と溶け合う瞬間は、自分のすべてを相手が受け止めてくれているように思え、それが勘違いだとしても、僕は僕でいいんだと思い込めて、許せ、受け入れることができます。まぁ言うほど悪くないじゃん自分も、と。どれだけ自分を嫌いになっている時でも、どれだけ嫌なことがあっても、将来に不安を感じどんよりした気持ちになっても、セックスで溶け合った瞬間、それらがとりあえずはどうでも良くなるほどの絶対的な全肯定感に包まれます〉
しかし、森林原人という男優が面白いのは、セックスは「絶対的な全肯定」を与えてくれるものであり、また、セックスは「孤独への不安を解消するためのもの」と主張している一方で、その行為によってもたらされる快楽は、あくまで自分だけのものであり、共有できるものではないという諦めの気持ちもまたもっているということだ。
〈どれだけ共鳴できたとしても、相手の気持ち良さは相手のものであって、それによって自分が高まっても、それは自分の気持ち良さでしかなく、互いの気持ち良さを共有してるわけではないのです。つまり、相手の本当の感覚、気持ちはわからないということです。選ばれようが、受け入れられようが、つきつめれば自分の思い込み、自己満足です。
ここを本当に勘違いして、相手とわかり合えたとか、通じ合えたと決めつけちゃうと、その感覚をセックス後まで引っ張ってしまい、相手に自分の思い込みを押し付けることになってしまうのです。そうすると、あの時はあんなに愛してくれたのにとか、あれは演技だったのとか、冷めたんだとか、相手を責めることになっていきます。でもそうじゃなくて、どれだけ気持ち良いセックスをしたとしても、それはその瞬間だけのもので、しかも自分の中で起こったことでしかないのです。相手ありきの行為がセックスですが、相手の気持ち良さを本当に自分のものにすることはできないのです。
これに気付けて、セックスに対してすごく気が楽になりました。どこまでいってもわかり合えないと思うことで、変に期待しないで済み、がっかりすることはありません。(中略)セックスに意味を込めたり、何かの証と捉えたり、神聖化したりせずにいられるので、よけいに振り回されることはなくなりました〉
彼はこの諦めの気持ちを肯定的に捉え、だからこそ変に構えないで人と関わり合うことができると語っているが、そのセックスや女性に対する捉え方を聞いていて、ふと頭に浮かんだのが、「これって、いわゆる”絶食系”男子の女性観、セックス観と重なる部分があるんじゃないか」という思いだった。そういわれてみれば、現在、37歳の森林はいわゆる絶食系の第一世代にあたる。
先日、明治安田生活福祉研究所が20代未婚男性の53.3%、30代未婚男性の38.0%が、これまでの人生で交際した経験なしと回答したという調査結果を発表し大きな話題となったが、この草食・絶食化の波はAVにも押し寄せ、今の若者はほとんどAVを見なくなってしまった。
もしかしたら、森林のような感覚を持っている人間が、AVと草食・絶食系男子の間に横たわる溝を埋めてくれるのではないか、そんな風に考えるのは楽観的すぎるだろうか。
(田中 教)
【リアルサウンドより】
8月19日に公開される『ゴーストバスターズ』より、アニメ『貝社員』とのコラボレーション画像と映像が公開された。
本作は、1984年に公開されたSFコメディ『ゴーストバスターズ』のリブート作品。“ゴーストバスターズ”を起業したオタク理系女子たちが、増強装置によってパワーアップしたゴーストたちから、ニューヨークの街を救う模様を描く。
『ゴーストバスターズ』『貝社員』とのコラボ映像
このたび公開されたコラボ映像は、『貝社員』の“アッサリ仕事を投げ出す”キャラクター“アサリ”が、不完全な企画書をゴーストのせいにする姿や、ゴーストのように忽然と消える模様などが、『ゴーストバスターズ』の本編映像とともに収められている。なお、映像は8月末までの期間限定掲載となっており、7月2日より全国のTOHOシネマズにて幕間上映される予定だ。
■今回のコラボレーションについて“アサリ”からのコメント
『ゴーストバスターズ』とのコラボには、無感情のボクも感激したっす。
プロトンパックを背負えたのも嬉しかったなぁ。でも、コレすげー重いっす、幽霊退治も大変ですね。ボクなら確実にアッサリ投げ出します。
とにかく、この映画すごく面白いんで、皆さん仕事サボって劇場に足を運んでくださいね。
ファンキー加藤オフィシャルブログより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
アンタッチャブル柴田英嗣の元妻とのW不倫騒動を起こしたファンキー加藤。謝罪会見のあと、京セラドームで行われたオリックス対中日戦の始球式と、主演映画『サブイボマスク』の舞台挨拶などで公開謝罪を繰り返すものの騒動について多くを語ることはなかったが、雑誌の対談に登場して騒動について口にした。
その対談相手は、なぜか『新宿鮫』シリーズでおなじみのハードボイルド作家・大沢在昌。今週月曜6月27日に発売された、「週刊プレイボーイ」2016年7月11日号(集英社)にその模様が掲載されている。
いったいファンキー加藤は、大沢在昌とどんな言葉を交わすのか、さっそく読んでみたところ、対談は謝罪会見のわずか10日後、6月17日に行われたらしい。記事はまず、騒動の渦中での取材になったことを詫びるファンキー加藤の言葉から始まる。
「このタイミングで対談を受けていただき、本当にありがとうございます」
すると、大沢はいかにも”懐の深いアニキ”といった態度を見せつけるようにこう返した。
「もしかしたら、この話も飛んじゃうんじゃないかと思ったんだけどね。こうしてオレの前に堂々と出てきたということだけで、あなたと対談する意味はあると思うよ」
優しい先輩のフォローに「いや、それは……」と恐縮して口ごもる加藤。その後、しばらくはファンキー加藤がインタビュアーとなり、ハードボイルド作家・北方謙三とのライバル関係や、11年間まったく売れずにくすぶっていた時代の話の思い出話など、大沢の”オトコ自慢”が続き、このまま何もなく終わるのかと思いきや、対談終了間際、ファンキー加藤がこんな質問をしたことで、場は一転する。
「大沢さんが考えるいい男、本物の男って、どんな男ですか」
この質問を聞くやいなや、大沢は待ってましたとばかりに、不倫話を蒸し返し、フォローのような説教のような「オトコ論」を熱く語り出すのだった。
「自分に対して嘘をつくような男にはならないことだね。生きていれば恥ずかしいことなんていっぱいあって。加藤さんも最近そういう思いをしたけど、大切なのは、そこで、どう対処したかで。そういう意味でいうと、逃げなかったあなたは立派だったと思う」
「もし、あなたが逃げ回ったり、卑怯な態度を取っていたら、自分で自分を嫌いになったろうし、人生の応援ソングを二度と歌えなくなっていたはずだから。それが、5年後なのか10年後なのかわからないけど、時間差で必ず生きてくる」
大御所作家の説教に再び恐縮しきりな加藤は、殊勝な態度で「今回のことに関してはそれこそ死ぬほど反省しました」と反省の弁を口にする。というか、立場上、そう返すしかないだろう。
ところが、その言葉がなぜか大沢兄貴の神経を逆なで。大沢はそれまでには見られなかったような荒々しい口調でキレ始める。
「反省したか、しないかじゃねーよ。そんなの外には見えないんだからさ。マスコミだって10日もすれば忘れちまうし。オレが言ってるのはそんなことじゃなくて、今回のことであなたが何を拾ったかなんだよ」
加藤ならずとも、いったい何にキレてるのかよくわからない感じだが、なんとなく、ありきたりな反省はする必要はない、ということらしい。
そして、思いっきりビビらせた後に、大沢は再び諭すような口調で、こうフォローするのだった。
「そう。逃げなかったことで、あなたはもう何かを拾っているんだよ。今はまだそれが見えないだけでね。何年か後に、その拾ったものが、あなたに新しい引き出しをつくってくれるはずだし、ミュージシャン、ファンキー加藤としては、絶対にその引き出しから新しいメッセージを取り出さなきゃいけない。それができたときに、あなたはもっといい男になれるし、本物に近づけるんだと思う」
最後は「今回、あなたが傷つけた人たちのためにも、そうしなきゃいけない。それが男だろう」と締める大沢、「今の言葉、胸に刻み込んで頑張ります。今日は、本当にありがとうございました」と平身低頭で返す加藤。こうして、対談は大沢の小説と同じくらいの予定調和で終了したのだった。
それにしても、雑誌メディアにおけるファンキー加藤の初めての懺悔の場所が大沢在昌相手というのは、いったいどういうことなのだろうか。
実はこの対談、「創刊50周年カウントダウン企画 ファンキー加藤レジェンドたちと語る旅」という連載で企画されたもの。このコーナーではこれまでも天龍源一郎、中村勘九郎、武豊、泉谷しげる、といった「週刊プレイボーイ」誌にゆかりの深い各界の大御所たちが登場している。大沢在昌も、1996年の1月から5月まで「週刊プレイボーイ」で「鮫と飲みあかそう!」と題された人生相談の連載をしていたことから、あらかじめこの対談企画にブッキングされていたらしい。
しかし、取材の直前になって加藤に不倫スキャンダルが勃発。ただ、いくら騒動があったとはいえ、大御所作家相手では、それをバラすことはできず、対談が強行されたということのようだ。
もちろん、この話題に触れないで対談を進行させる、という選択肢はあっただろうが、大沢在昌といえば、自らも作家でありながら「大沢オフィス」に宮部みゆき・京極夏彦などの売れっ子を所属させ、マネジメント業にも精を出すなど、なかなか機を見るに敏な人物。このチャンスをみすみす見逃すはずはなく、結局、対談は大沢の”オトコ”アピール、”大物”アピールの格好の場所にされてしまったというわけだ。
もっとも、ファンキー加藤にとっても大沢からのオトコ説教は願ったり叶ったり、だったのかもしれない。愛人を孕ませておいて自分は妻と別れず、愛人を捨てるという、どう考えてもベッキーやゲスの極み乙女。・川谷絵音よりもゲスな行為をした加藤だが、事後の殊勝な態度が受けて、逆に同情論が集まるという意外な展開になっている。
その流れからいくと、ヘマをした子分が怖い親分から説教を受けつつフォローされるというこの対談は、さらにいい禊の役割をはたし、ファンキーの好感度回復に寄与したはずだ。
“男”という言葉がやたら飛びかう熱い対談の裏には、意外とふたりの男の冷静な計算が働いていたりするのかもしれない。
(新田 樹)
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【リアルサウンドより】
世界20カ国でオープニング興行収入No.1を記録した『キング・オブ・エジプト』より、ポスタービジュアルと予告編が公開された。
本作は、神と人間が共存する古代エジプトを舞台にしたアクション・アドベンチャー。盗賊の青年・ベックが、王に君臨する重要なアイテム“神の眼”を探し出すため、天空の神・ホルスらとともに冒険の旅に出る模様を描く。
『アイ、ロボット』のアレックス・プロヤス監督がメガホンを取り、『マレフィセント』のブレントン・スウェイツ、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のコートニー・イートン、『ゲーム・オブ・スローンズ』のニコライ・コスター=ワルドー、『300 <スリーハンドレッド>』のジェラルド・バトラー、『G.I.ジョー バック2リベンジ』のエロディ・ユン、『英国王のスピーチ』のジェフリー・ラッシュ、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』のチャドウィック・ボーズマンらが出演する。
このたび公開された予告編は、黄金の楽園であった古代エジプトが、残虐な暴君と化した砂漠の神・セトにより支配されるシーンから始まり、盗賊のベックと天空の神・ホルスの出会いや、王座を巡る闘いの模様などが収められている。一方のポスタービジュアルには、“<神の眼>を盗んでエジプトの王座を奪え!”というコピーとともに、エジプトの風景を背景に“神の眼”を持ったスウェイツ演じるベックらの姿が収められている。
『キング・オブ・エジプト』予告編
■公開情報
『キング・オブ・エジプト』
9月9日(金)TOHOシネマズスカラ座ほか全国拡大公開
監督:アレックス・プロヤス
出演:ブレントン・スウェイツ、ニコライ・コスター=ワルドー、コートニー・イートン、エロディ・ユン、チャドウィック・ボーズマン、ジェラルド・バトラー、ジェフリー・ラッシュ
配給:ギャガ
2016/127分/アメリカ/カラー/2D、3D、MX4D、4DX、D-BOX
(c)2016 Summit Entertainment,LLC.All Rights Reserved.
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
制約の多いジャニーズにいながら政治に踏み込み、勇気ある発言をするNEWSの加藤シゲアキ
原発事故や特定秘密保護法、安保法制、憲法改正など、世論を二分する大きな政治的課題が立てつづけに起こっている近年の日本。そのなかで注目を集めるものに、芸能人による政治的発言がある。
と言っても、積極的に政治にコミットする欧米の有名人たちにくらべると、日本では芸能人が意見することはまだまだ数少ない。そして、芸能界にも社会にも「芸能人が政治を語るのは如何なものか」といった空気が根強い。とくに安保法の問題では戦争を体験した世代の著名人が次々に声をあげたが、逆に若い世代は空気を読んでか、踏み込んだ発言はなかなか聞かれなかった。
だが、そんななかにあって、最近、あるアイドルが政治問題に言及した。しかも、ジャニーズ事務所所属のアイドルが、である。
「SEALDsには、すごく賛同できます」
こう語ったのは、NEWSのメンバーで、小説家としても活躍している加藤シゲアキ。緊急復刊された雑誌「朝日ジャーナル」(朝日新聞出版)で、故・筑紫哲也がインタビュワーを務めた「朝日ジャーナル」の名物インタビュー「若者たちの神々」の復活に伴い、加藤はジャニーズアイドルでありながら小説家でもあるという異色の存在として登場。そのなかで加藤は、昨年夏の国会前デモについて話が及んだ際、SEALDsへの賛同をきっぱりと口にしたのだ。
SEALDsといえば、メンバーの奥田愛基氏が「FUJI ROCK FESTIVAL’16」への出演が発表されるや否や「音楽に政治を持ち込むな」などという無知蒙昧な批判が飛び交ったばかり。さらに、党首討論で小沢一郎に対して「再婚しないんですか?」とまったく関係のない話をもち出すなど露骨な野党批判をミスリードした社会学者の古市憲寿が、26日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ)で「SEALDsは嫌われてるんですかね?」「(抗議行動のコールが)ダサいラップ」と嘲笑した。
SEALDsは現在、参院選でも現政権の暴走に歯止めをかけようと野党共闘を呼びかける活動を行っているが、安保法制のときと同様、政権批判を許さない人びとは相変わらず盲目的にSEALDsの揚げ足を取ることに勤しみ、無用なバッシングを展開している。そんな最中にあって、果敢に加藤はSEALDsにエールを送ったのだ。
加藤は現在、28歳。学生を中心としたSEALDsのおもなメンバーよりも少し年上にあたるが、加藤は現在の日本で若者が置かれている立場、社会状況をこう話す。
「物心ついたころにはバブルははじけていましたから、ずっと不景気だと言われる中を生きているんです。日本が不景気であるのは僕らにとっては当たり前であって、言い方が悪いけど、このままでいいっちゃいいんですよね。今から年金のことを考えろって言われても、40年後の未来なんてわからない。とにかく今を生きるしかない。若い人はそう考えていると思います」
これだけだと、不景気ななかで若者たちは生活することに精一杯で、政治に無関心なるのも致し方ないことだと加藤が受け止めているようにも読める。しかし、加藤はこう言葉をつづけるのだ。
「ただ、今をしっかり生きていこうとしている以上、極端な政治変革は受け入れにくい。SEALDsに賛同するのもその辺ですね」
ここで加藤が言及している「極端な政治変革」とは、安保法や憲法改正といった安倍政権が強引に押し進める政治を指していることは間違いないだろう。現政権が掲げる“変革”では、いまという現実をしっかりと生きることもできなくなる。だからこそ、それに抗議するSEALDsに賛意を送りたい。──加藤はそう語っているのだ。
まさかジャニーズのアイドルが、政権の批判を口にするとは──。たしかに、大先輩にあたるSMAPの中居正広も、昨年夏、『ワイドナショー』において若者の反対デモに松本人志が“対案を出すべき”“平和ボケ”などと権力に迎合してデモに参加する若者たちを批判するなか、「若い子が声をあげるのは、ぼくはいいことだと思う」と明言。さらに中居は「松本さん、この70年間やっぱり、日本人って戦地で死んでいないんですよ。これやっぱり、すごいことだと思うんですよ」と反論したことがあった。
だが、同じジャニーズと言っても中居は司会者として芸能界に確固たるポジションを築いている人物。それにくらべて加藤はジャニーズという制約の多い事務所のなかで“売り出し中”のアイドルだ。そんな現役アイドルが、政治に踏み込むことはもちろんのこと、政権批判とともにSEALDsへの共感を述べることは、非常にリスクが高い。
しかし、そうしたリスク以上に、加藤には社会の流れについて考えるところがあったのかもしれない。たとえば、戦後70年目を迎えた昨年の夏にも、加藤は自身がパーソナリティをつとめるラジオ番組『SORASHIGE BOOK』(Fm yokohama)で、大岡昇平の戦地での体験が基になった小説を塚本晋也が映画化した『野火 Fires on the Plain』を絶賛。『永遠の0』など戦争を美化して描く作品が人気を集めるなかで、塚本監督の『野火』は戦争の現実を包み隠さず描いた反戦映画として高い評価を受けたが、加藤も“ダメージを強く受けることが良い戦争映画のひとつの条件”だと話していた。
また、加藤は、昨年発表しドラマ化もされた短編集『傘をもたない蟻たちは』(KADOKAWA/角川書店)でも、現役ジャニーズにもかかわらず過激な性描写が話題を集めた。今回のインタビューではこのことについても「タレントとしてはリスキーじゃないですか」と問われたが、加藤は「それはちょっとあります。でも、そのリスクを背負わないで作家をやるのは嫌ですね」と語っている。
作家ならば当然リスクを引き受ける。この態度は、政治に言及した発言でも同じだったのだろう。今回のインタビューでは、なかには首を傾げざるを得ない発言なども見受けられたが、アイドルが権力批判という現在の日本社会でもっとも敬遠される話題に踏み込んだことは、新しい流れを感じさせるものではあると言えそうだ。
(大方 草)
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